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833 マイナカード 用途拡大いったん凍結を西日本新聞社説 2023.6.9

 社説全文は末尾に載せる。指摘はすべてそのとおり。デジタル担当大臣はマイナカードの趣旨を勉強し直す必要がある。実はマイナカードは前にも失敗している。かつて大失敗した「住民票コード」(平成14年8月実施)の二の舞になってきている。

 国民のあらゆる情報を収集してどうしようというのか。明確な目的と必要性があって初めてプライバシー情報の収集、管理、使用が許される。個人情報保護の基本だろう。

 住民票コードが急に持ち上がってきたのが平成8年頃。その頃ボクは年金業務の近代化に取り組んでいた。「消えた年金5千万件」の後始末である。年金制度が縦割りになっていた名残りで、基礎年金導入(昭和61年)以後も、転職によって新たに年金番号が振りだされ、何通も年金手帳を持つ人が多かった。その名寄せが貫徹されていないため、コンピュータ内で保険料納付記録が拾い上げられない事例があったのだ。

 基礎年金導入で制度的に単一の国民年金に生涯加入する。しかも国民皆加入である。各人に生涯変わらない番号を振ってしまえば、少なくともそれ以後の納付記録は一元化する。だれだって思いつく。制度は一元化されても事務処理は旧態依然だった。遅ればせながら基礎年金番号で事務処理近代化をしようとしていたのである。

 その準備がほぼ終わった時点で、だれが思いついたか、住民票コードが降ってきた。そして猛圧力を受けることになった。基礎年金番号を取り止め、住民票コードを使用せよ。従わなければ人事での報復を覚悟せよなど他省庁の要職にあったあった人からも説教を受けた。住民票コードの実施準備をしていた課長さんもワイン持参で協力要請にきた。

 冷たく接したので恨まれたと思う。でも直感的に住民票コードは機能しないと思ったのだ。なぜ市町村の住民票に全国民のプライバシーに関する機微な情報を紐づける必要があるのか。金融資産状況を国が収集する必要があるのなら、それは当時で言えば大蔵省が実施すべきことのはず。彼らが表に出ると国民の批判を受けるからというのは民主主義政府として不正直である。医療診察情報であれば厚生省であり、疾病情報収集の必要性を噛んで含めて説明すべきである。

 当時、健康診断情報を健康保険診療に生かすために健康保険証を活用できないかの実証実験をしていたこともあり、プライバシーの集中管理には漏洩時のリスクが避けられないことを自覚していたのだ。

 内閣官房に近い部局の偉い人に呼び出され、小国のシンガポールでも国民情報を政府が管理しているのに、わが日本が情報の集中化で遅れを取れば国力の振興を阻害すると怒鳴られた。その趣旨は共有できたが、ならばいっそう国民に説明すべきだし、漏洩時の対応策が完璧でなければならないはずで、万一にも情報がそっくり仮想敵国に筒抜けになる心配はないのかと質問して、余計に怒られた。

 古いことを持ち出したのは、社説で触れているマイナカードでの失敗例は、20年も前に分かっていたことを知ってほしいから。住民票コードは広範に情報を集め、それは企業等に利用させることで制度運営費用の幾分かを得る構想だった。仕組みの上では余計な情報を出さない契約にするだろうが、そこに垂涎の情報があることを内外に宣言することになる。中国や北朝鮮のハッカー部隊(ひょっとして同盟国のアメリカも)が何もしないはずがないではないか。

 情報は必要とする部署がその限りにおいて収集すべきなのだ。余計な情報を抱え込んでいなければ仮に漏洩しても、その国民の人生を破壊するには至らない。基礎年金番号では保険料に関係する限りにおいて所得が紐づけされるが、会社での給料額漏出で真っ青になる人は少ないはずだ。

 今回、健康保険証を廃止してマイナカードに機能を移すというのだが、必要性を理解する国民はいないはずだ。たしかに今の保険証は不便だ。転職すれば再取得が必要だ。しかしそれは健康保険関係者の怠慢がすべての出発点。どの保険者も保険証を紙からプラスチックカードに切り替えている。ICチップを組み込み加入制度が変われば保険者サイドで情報切り替えることはいとも簡単なはず。さらにそのICチップに血液型や最新健康診断結果な最小限の健康情報を読み込ませる。それで病院での検査が大きく減って財政軽減になる。集中管理していなければ漏洩で社会混乱することにもならない。

 全国民に固有の番号を持たせることには賛成である。社会保障関係では、国民年金保険料の納付状況が拾い出せるようになっていれば、保険料滞納者がスイカで電車に乗る際に、滞納者には1割余計に自動課金するなどができて便利になる。そういう程度の紐づけであれば、国民連帯の基盤である保険料滞納者へのペナルティとして納得、歓迎するのではないか。

【西日本新聞の社説全文】

 トラブルの多さ以上に見過ごせないのは、デジタル庁の対応のひどさだ。個人情報を安心して預けられない。

 マイナンバーカードを巡る混乱が止まらない。

 カードの利用範囲を拡大する法案の審議中、健康保険証とカードを一体化した「マイナ保険証」に別人の情報が登録されるなどの問題が次々に見つかった。

 先週末に法が成立すると、マイナンバーにひも付けされた公的給付金の受取口座が、本来の本人名義ではなく家族らの名義で登録されている事例が約13万件も確認された。給付が遅れる可能性があり、再登録が必要という。

 無関係の人に口座情報を見られる恐れがあった他人口座の誤登録は、これまでの21件から748件に増えた。

 デジタル庁は誤登録の情報を今年2月に国税庁から受けていながら、庁内で共有しなかった。極めてずさんだ。

 家族らの名義になっていたのは、子どもの受取口座として親が自分の口座を登録したケースが多いとみられる。

 十分予想できたことだ。事前に周知を徹底し、本人名義以外は登録できない仕組みにすべきだった。

 河野太郎デジタル相は、誤登録は意図的に行われたものでシステムに問題はないと説明した。直接の原因はそうだとしても、システムの設計とデジタル庁の対応に問題があったのは明らかだ。

 投薬情報などを他人に見られる事例があったマイナ保険証の誤登録でも、デジタル庁の対応は後手に回った。昨年11月、大分市が別人の口座登録を報告した際には、個人のミスとして公表しない姿勢を示したという。

 カードの普及や機能拡大を最優先し、不都合なことは目をつぶるに等しい。

 デジタル庁の説明は入力した個人や自治体、健康保険組合のミスを強調するかのようだ。個人情報を扱う自覚と責任感を疑わざるを得ない。

 一昨年秋にデジタル庁が発足した際、官民混成の風通しの悪さ、要員に対して過大な業務量が懸念材料として指摘されていた。これらが一連の対応につながっているとすれば根深い問題だ。

 このままマイナカードの用途を広げれば、自治体やデジタル庁の負担は増す。さらなる混乱は否定できない。何より、私たち国民が不安だ。

 用途の拡大はいったん見合わせるべきではないか。問題点を洗い出し、マイナンバーのシステムと運用体制を立て直すことが先決だ。

 特に、医療関係者がマイナ保険証に強く反対していることを軽視してはならない。

 そもそもマイナカードの取得は任意である。普及率を高めるために保険証と一体化させ、現行の保険証を廃止する手段が間違っている。

 来年秋の廃止は見送り、マイナ保険証と現行保険証を選択可能にすることを含め、再検討すべきだ。

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