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431ナヴァロ教授の出題

カリフォルニア大学アーバイン校ナヴァロ教授の『米中もし戦わば』(赤根洋子訳、文藝春秋、2016年)を読む。「1500年以降の世界史を振り返ると、中国のような新興勢力が、アメリカのような既成の大国と対峙したとき、70%以上の確率で戦争が起きている」との事実を前に、それを防止するには何が必要かを追及している。45章(項目)の切り口から分析している。
どうしたらアジアでの戦争を防ぐことができるか、同教授が設定する諸問題に挑戦する中で考えてみよう。
 問(第28章)。中国政府の政策決定について正しく述べている記述を選べ。
①中国政府は、中国共産党の支配する一枚岩的な独裁組織である。トップダウンでおこなわれた決定は上意下達(じょういかたつ)され、官僚、軍人、産業関係者によって忠実に実行される。
②中国政府も中国共産党も民主的な組織ではないが、官僚、産業、軍、地方からの幅広い利権圧力の影響を受けている。この「派閥の弊害」が、エスカレーションの危険が高いボトムアップの行動や決定につながる恐れがある。
正解は②。中国のポピュラーなイメージは①の「一枚岩的な独裁組織」だが、中国全土を自分の足で歩いてつぶさに見てきた…中国通は、②の記述のほうが中国政府の現状により近い可能性があると指摘しているとのことだ。中国には、北京にいる皇帝の命令を無視する長い伝統があり、省庁間の連携がなく、地方官僚は暴走する。例えば2012年のスカボロー環礁をめぐる紛争で、アメリカの仲裁に応じてフィリピン軍は撤兵したが、中国は撤退するどころか前進して全域を占領した。中国軍部は自国の外交部が締結した休戦協定を無視したわけだ。また南シナ海での中国漁船の横暴に伴う紛争激化の背景には、漁獲量増大を目論む地方政府の漁船大型化や出漁への指示があるとされる。

 問(第36章)。中国の経済成長を助けた経済的がアジアの平和促進に果たす役割について正しく述べている文を選べ。
①経済的関与によって、中国は独裁国家から、暴力や侵略に訴えることのないリベラルな民主主義国へと変わっていく。よって、経済的関与は平和の維持に役立つ。
②経済的関与は、中国共産党の独裁的権力を強め、中国の軍事力増強に資金を提供したに過ぎない。
 正解は②。シンガポール,韓国、台湾などでは経済成長で独裁体制から民主主義国へと転身したが、中国ではその傾向は見られない。クリントン政権による中国をWTOに参加させた政策は、アメリカ経済に壊滅的な打撃を与えた挙句、中国の民主化には全く貢献しなかった大愚策である。5万人ものサイバー警察によりインターネットを監視しており、オーウェルの『1984年』を彷彿させる監視社会が作られている。「少なくとも中国に関しては、アジアに平和をもたらす力としての経済的関与に過度な期待を寄せない方がいいと思われる」が教授の主張だ。

問(第39章)。透明性、交渉、法による支配に対する中国の姿勢について、最も正しい記述を選べ。
①緊張を最小化し、判断ミスを避けるため、直接対話を望んでいる。
②自国の軍隊の能力を公表する際、透明性を重視している。
③二国間協議よりも多国間協議を好み、自分より小さな国々に影響力を及ぼそうとしない。
④国連や世界貿易機関など国際組織のルールに厳密に則って行動している。
⑤交渉結果を遵守してきた実績がある。
⑥1から5のいずれも正しくない。
 正解は⑥。中国は他国の身になって考えることをしない「自閉症国家」である。公然と条約を破ることでも実績がある。「結論を言おう。中国が「透明性ゲーム」や「交渉ゲーム」でフェアプレーを見せるようになる可能性は、少なくとも今後しばらくはゼロとは言わないまでも非常に低い」。中国との対話は基本的に成り立たないので、「われわれは別の手段で平和を模索する必要がある」。

 問(第45章)。本書のこれまでの内容を踏まえて、「急激に軍事大国化する中国は、アジアの平和と安定にとって脅威である」という主張に対する最終的判断を選べ。
①国防費の大幅増額への支持を得るために(アメリカ等の西側諸国の)右派が考え出した、偏執狂的妄想である。
②中国の現状変更的意図、急速な軍事力増強、次第にエスカレートする侵略行為を合理的に判断した結果に基づく、当然の懸念である。
 正解は②。将来どんなことが起こり得るかをすべて想定できる人間だけが、その中から最善のものを選び、最悪のものを避けることができる。
 しかるに①を唱えるのはどういう者たちか。まず、中国との貿易によって利する者である。筆者が挙げるのは、アップル、ボーイング、キャタピラー、ゼネラルモーターズ、IBMといったアメリカに本部を置く多国籍企業。「生産拠点を中国に移し、製品をアメリカ市場に輸出することによって、中国の違法な輸出補助金や搾取労働や税金の抜け穴や大甘な環境規制を利用して大儲けしている」連中は、当座の儲けのために中国への融和的対応を望む。
 次が中国の取材妨害などの圧力に屈して中国に不都合な報道をしないマスコミである。「中国共産党幹部の腐敗をブルームバーグが報道すると、中国政府はブルームバーグのドル箱である金融市場情報端末(その売り上げは、ブルームバーグの収益の80%以上を占める)の不買運動を仕掛けた。すると、ブルームバーグは中国に関する硬派のニュース報道事業から撤退してしまった。中国の圧力に屈したブルームバーグ会長ピーター・グローアーは中国市場の重要さを認め、「われわれは中国に残る必要がある」と語った」。
 さらに研究・教育機関の自主規制が広がっている。大学の研究者は中国系団体が提供する研究費に群がり、その結果、「中国批判を控えるという微妙な自主規制が生まれた」。また中国政府から資金を得ている孔子学院は、中国語や中国文化を教える課程で、中国のプロパガンダや主義主張を子どもに植え付けているが、資金難の学校はそれを承知で孔子学院を受け入れている。
 自主規制はハリウッド映画にも及んでいる。中国での上映禁止を怖れて、中国批判を盛り込まないのだ。例えば『レッド・ドーン』というMGMスタジオ製作の映画では、中国軍がアメリカの村を奇襲攻撃するストーリーだったが、中国国内で批判的な報道がされただけで中国政府は一言も発しないのに、侵略者は中国軍ではないことに完成映像に加工処理をした。
 民主主義国の政治プロセスは透明で開放的。そこにつけ込んで中国は、政治ロビー団体を雇って政治を操作している。その中国の政治プロセスは徹底的に不透明で閉鎖的であるから、アメリカ等の西側諸国が中国の政治を操作する術(すべ)はない。
 こうした現実にしっかり向き合う覚悟が必要だ。「急速に台頭する中国によって引き起こされた深刻な安全保障上の脅威に平和的に対抗するには、第一に、経済的・軍事的その他の対抗策について政治的な合意ができていなければならない」が、筆者の結論のようだ。「だが、自由で開かれた民主主義国家においてこうした政治的合意に到達するのは至難の業だと思われる」とも指摘している。

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