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543北戴河会議で日本の命運が決まる 『小説外務省』による尖閣問題の正体

読み終えた小説では1922年(つまり今年)7月での北戴河会議を描き出していた。毎年中国共産党の大幹部が集まって方針を議論する。今年はトップ層の交代時期にあり、人事動向でも国際社会の目が張り付く。
小説では、その会議の半日が対日政策に充てられた。中国共産党では共産主義青年団(李克強首相の出身母体)が数の上でも強勢であり、このグループに属しない者たちの合従連衡の象徴である習近平が共青団に対抗する切り札は「対日強硬路線」という設定になっている。必然的に沖縄の尖閣諸島に焦点が当てられる。
会議には専門家が呼ばれ、対日政策で意見を述べる。
○国際問題研究所の所長の見解
 日本はもはや死に体の国であり、相手にする価値もない。尖閣を奪っても共産党への支持は増えない。アメリカの産軍共同体を刺激し、活気づかせるリスクが大きいから、今の時点で尖閣に手を出すべきではない。李克強はうなずいたが、習近平は無反応だった。
○人民解放軍軍事科学院副院長
 日本との戦闘になれば圧倒的に中国軍優位に進む。アメリカ軍は出てこない確信がある。自衛隊をせん滅し、仕上げのダメ押しとして、東京周辺海域にミサイルを撃ち込めばよい。日本は孤立しているのだから、今が踏みつぶしチャンスである。質問する者なし。
○精華大学教授 日本の早稲田大学留学経験あり
 カイロ宣言で日本の領域は4つの島に限定されており、九州に属さない南西諸島の島々は日本の領土ではないとの主張が可能である。いわんや尖閣の日本領有は日清戦争前と言っても、時期的に近接しており、日本が中国から盗んだとのプロパガンダは国際社会に行き渡っているから、わが中国と事を構えてまで日本領有を支持する国は皆無と保証しよう。気がかりは1970年代の日中での尖閣棚上げ合意を日本が持ち出すことだが、日本政府は馬鹿ぞろいで合意の存在を否定しているから、その心配もしなくていいだろう。
○習近平の決断
 部下にある書面を準備させる。そこには「日本が尖閣諸島の主導権をより確立させようとする時に乗じ、わが国は尖閣諸島の実効支配への行動をとる。この時は軍事行動を含む。軍事行動は海軍、空軍、ミサイル部隊の主導を容認する。具体的軍事行動は、中央軍事委員会に一任する」。中国共産党、すなわち中国の国家意思が決定された。

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日本にとってはたまったものではない決定である。執筆者も愛国者として日本が亡国にならないよう警告しているとしているだと信じたいのだが。
小説を離れて現実に戻ろう。著者は尖閣棚上げ論について次のように紹介している。日中国交回復時に棚上げ合意があり、日本がそれを持ち出せば、約束を守る国である中国が軍事行動に出ることはない。しかるに日本がなぜ棚上げ合意を隠しているか。それは領有権棚上げで日中が融和すれば、アメリカの対中強硬論者にとって都合が悪いから。そこで沖縄返還時に日中間の喧嘩のタネとして仕込んだのが尖閣領有問題なのだとする。そして日本の与党と外務省は、アメリカに踊らされている道化の非愛国者であるとする。
小説では尖閣を巡って日中が熱くならないように腐心する善良な若手外務省職員が現われ正論を吐く。そのために左遷されるが、数年後に本省に復帰し(馘首にならないのがいかにも外務省だが)、小説に登場する著者自身の手を借りて、外務省首脳部を飛び越えてときの(2022年の)首相に尖閣への自衛官派遣をやめるように直談判する。
 著者の孫崎亨さんは外務省で国際情報局長、駐イラン大使を務め、防衛大学校教授にも就任されている。この肩書だけでも主張は真実かもしれないと信じさせる。尖閣で中国を刺激するなと説く者がいるが、この本の影響力かと思わせる。

 しかし、プーチンの今回のウクライナ侵略の現実化で、この小説の舞台基盤が崩れたように思える。明らかになったのは、プーチンの思考回路が「強い者はいつでも弱い者を攻撃する権利がある。約束は破るために結ぶものだ」ということだ。そしてこれは強国の独裁専制者に共通するものだと知れ渡ったことである。

 ちなみにわが国の領土問題は尖閣だけではない。北方領土、竹島もある。アメリカ陰謀論者は、これらもアメリカが日本と近隣諸国との関係を悪化させるために仕組んだのだとする。そうであろうが、なかろうが、長期平和のために領土問題は解決しなければならない。その際、棚上げが有効な解決策になるかということだ。3つの領土問題をひっくるめての棚上げならまだしも、奪われた領土は諦め、実効支配中のところは先送りということで、主権を守っているとは言えないだろう。しかるに小説では尖閣以外の領土問題にはいっさい触れられていない。

小説が出版されたのは2014年。それから8年後の2022年。ようやくにして尖閣に自衛官を常駐させる議論がされている。その点では著者の予測はどんぴしゃり。まさに国家のあり方が、今問われている。ただし2014年時点との違いは、冒頭に書いたように、専制主義国のプロパガンダのメッキが剥がれてきていることだ。
尖閣でのわが国の立場を明確にすることが、日本の滅亡の始まりになるとするのが著者の主張。それとは真逆で独立国の矜持を取り戻すきっかけになるというのが国民世論だろう。ウクライナには国民のまとまりがないとされていたが、ロシアの侵攻でゼレンスキー大統領のもとでの一体意識が一挙に高まった。ロシアに屈せず、民主主義国として歴史を刻むとの国論も定まった。わが日本でも岸田総理の決断にかかっている。逃げず、隠れず、ウクライナに負けない立派な決断を国民に求めると信じよう。

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