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561国民の徳目 教育勅語

教育勅語を悪の章典とする声がある。読むこともせずに、言われるままにそう信じてきた。
今般、読む機会があった。難しい言葉が並ぶ。敬遠したくなるのは分かる。般若信楽の書写に慣れたところだったので、教育勅語も5回ほど書写してみた。少しずつ分かってきた。
天皇を中心とする日本国には、国民が受け継いできた道理があり、これを今後も子孫に引き継いでいかなければならない。それをこれから挙げるので、臣民はよく理解し、心を同じくして、国の発展に邁進しよう。
その道理とは、ざっと次のようなことである。
① 親に孝養、兄弟仲良く、夫婦相和し、朋友を信頼すべきこと
② 恭倹己を辞し、博愛を衆に及ぼすこと
③ 学を修め、業を習うこと
④ 智能を啓発し、徳器を成就すること
⑤ 公益を広め、世務を開くこと
⑥ 国憲を重んじ、国法に遵うこと
⑦ 緩急あれば義勇公に奉じること
どれももっともなことに思える。こうした心がけに人間になれるよう修養を積むのであり、また親も、親戚も、地域でも、そして学校でもしっかり教え諭していくべき項目ばかりである。

まず①について。人間関係の基本中の基本。これを否定する教えなどあり得ないと思う。
②について。大口をたたかず謙虚を忘れず、困っている人に手を伸ばす。まさに美徳だ。
③について。勉強できる機会を無駄にせず、また生業に必要な技能習得に励む。自立した社会人になるための必須事項である。
④について。知識よりも知恵。そして道義を身につける。これまた忘れてはならない事項である。
⑤について。公共の福祉が私益に優先することを認識すること。「今だけ、カネだけ、自分だけ」では本当の社会人の資格がない。
⑥について。憲法の精神を忘れず、国法に違背しない。他人が見ていなくても、しっかり自身を律することだ。
そして⑦である。日本社会の中で安心して暮らせる。その社会に危急存亡の危機が訪れれば、身を挺して戦う。各項目の中でもっとも重要なことであろう。

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 ウクライナの人がなぜ逃げずに戦っているか。民主主義と自由の保障のためであり、同じ思いの同朋のためである。何の番組だったか、親も兄弟も捨てて逃げなさいと説く哲学者の論に対して、若い政治学者が「日本がそうなった場合、自分は志願して素手でも闘うだろう」と述べていた。それが自然の心情である。
 専制主義社会では必ずしもこうはならない。人民は逃げ出したいと隙を伺っている。先の哲学者の言葉は、専制主義下の人に抵抗を促す言葉として発せられるべきものであろう。

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