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739インドのではトイレがない家が多い 日本の浄化槽技術が生かせる

『13億人分のトイレ 下から見た経済大国インド』佐藤大介著
 商売の基本は需要を的確に探り出すこと。常識のようで必ずしもそうなっていない。そんなことを感じました。
 今は違うと思いますが、「アフリカでは裸足で歩いている」。そうした寄稿文を読んだ人が「アフリカの人が買いたくなる靴を作って売りに行こう」と思い立ったのは有名な話。
 本書ではそれがトイレ。インドの人口は本書が書かれた時点で13億人。数年内に中国を抜いて世界一の人口大国になるとされています。そのインドの泣きどころがトイレとは。私たちが日に何度もお世話になるあのトイレです。
 首都のニューデリーなどの大都市滞在経験者は感じないでしょうが、インドの特殊事情はトイレにあり。本書はさまざまな角度から紹介しています。
 ボクは20代の半ばに国際会議で行きました。その特権で国会議事堂にも入りましたが、トイレは水洗でしたが紙が置いてない。代わりに左側に水桶があります。左手で排泄後に洗のですと教えられました。なぜ左なのか。「左手は不浄だから」。不浄に対する潔癖感というか、差別感というか。それがカースト制度や不可触賎民、ダリッドに連なる問題考察のきっかけになりそうですが、その本質は他書に任せましょう。本書はトイレが主題。
 インドでは人口の7割が農村暮らし。そこでは基本的にトイレが無い。「
スワッチ・バーラト」とは、トイレなしの暮らしは保健衛生上大問題として、モディ首相が巨費を投じてはじめた国家大事業です。インドてトイレがない人をゼロにする。事業は成功したとしてモディ首相はマイクロソフト創始者ゲイツ氏の財団から表彰を受けましたが、それは「数字の誤魔化し、利権と汚職の巣窟」などと批判する声が多くて、著者も同意見のようです。つまり農村のトイレ問題は解消していない。
 農村でも人前での排泄は恥ずかしい。そこでかなり離れた場所まで用を足しに行きます。人口増で適地が遠くなり、1キロ歩く地区も。昼間はマズいので夜明け前の暗いうちに。そうすると夜行性の動物に襲われたり、毒蛇を誤って踏みつけて噛まれ、毒液を注入されたり。不良グループに輪姦される危険もしょっちゅうですから、女性は連れ立っていないと危ない。ということで排泄は基本的に1日一回とのこと。健康に支障ないのかと著者は心配しています。「慣れと鍛錬で大丈夫」と村人は答えたそうです。気が向いた時にトイレを使えることの幸福さを噛み締めたいですね。
 ここまでで日本では田舎暮らしの経験が有る中高年者は疑問を持ちますよね。「なぜ汲み取りトイレが発達しなかったのか。」便槽に排泄物を野外に出して発酵させ、あるいはそのまま畑の肥料として利用する。そのため農民は自家発生分では足りず、都市部の住民と契約して買い取った。都市住民には売却収入になる。ウンチ、オシッコは「金肥料(キンピ)」でした。
日本独自の文明、卑下する歴史ではありません。江戸時代の長屋家賃は金肥売上題を親が自分のものにする前提で設定されていました。住民は”現物でも”家賃を負担していたのです。
 この民族的経緯の結晶が浄化槽技術です。余談ですが、ボクは旧厚生省で浄化槽対策室長をしました。その際の活躍ぶりは手前味噌になるのでやめますが、その経験をなんと北京まで行って政府機関である社会科学院で講演したことがあります。ともあれ日本の浄化槽は性能的にも、経済的にも、小回りが効いて下水道の比ではありません。政治的に評価されないのは投資効率が良すぎてバラマキ型公共事業スキームに乗らないため。つまり利権性がないから政治家の資金源、票源にならないためという非民主主義的な理由です。関心ある方は『浄化槽の法律物語』などを読んでくださいね。
 本書で著者はモディ首相肝入りのトイレ設置政策の失敗原因を「農村のトイレを福祉事業と定義して巨額補助金を注ぎ込んだこと」に求めています。そのとおりです。設置者が負担できる設備が考案されれば、トイレで困っているインド農村でも住民は自力で設置します。経済事業化が解決の基本なのです。その事例として日本企業の進出例を挙げています。
 一つは鳥取県米子市の「大成工業」。浄化槽のうち嫌気性(日本では好気性が大半)のものがインドの農村に適するとして売っています。浄化槽の特性としてバクテリアが処理した残さ物は無害の肥料として使えます。
 二つはわが国住設器大手のリクシル。使用する水の量を少なくした簡易水栓トイレ。水が貴重な地域では重宝でインドはその適地が多い。日本でも汲み取り式トイレの改良型として普及した時期がありました。
 これらは日本固有技術の展開ですから物真似得意の某国もおいそれは追いつけない。特に設置後の保守管理システムは独自ノウハウです。市場規模はたかだか数兆円の小規模であっても、現地の人々の感激を得ること間違いなし。日本外交における位置付けはどうなのでしょうね。

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