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809ピュロスの勝利 ロシアとウクライナ

「ピュロスの勝利」という格言がある。
帝政以前の古代ローマが破竹の勢いでイタリア全土への征服を進めていたころの話。半島南部のタレントウムという都市国家がローマ軍の侵攻対象になった。ローマとは国力の差が大きく、軍備でも圧倒されている。降伏か抗戦か。
助太刀に来たのがギリシャのエペイロス王だったピュロス。自国の兵士を連れて参戦した。天才的な軍略家だったようで、戦うたびに勝つ。でもローマ軍は後から後から湧いてくるように補充される。ピュロスの兵士は戦闘のたびに減っていく。
ピュロスとしてはそろそろ講和をしたいが、自力で勝るローマは拒絶。
ある会戦で勝った後、ピュロスが部下に言った。「もう一度ローマ軍に勝利したら、我々は壊滅するだろう」
損害が大きく、得るものが少ない勝利。転じて「割に合わない」という意味。
(以上「ウィキペディア」から)

ある歴史学者が現代の紛争の解説に用いていた。
曰く、ウクライナのゼレンスキー大統領はうまく戦っているが、クリミアと東部2州の奪還まで頑張るとウクライナ国家の基礎体力が持たない。このままでは「ピュロスの勝利」になりかねない。
クリミアと東部2州のロシアへの割譲は仕方ないだろうと言いたいのだろう。
ではプーチンにとってはどうなのか。一都市バフムトで戦線が膠着しているが損害が甚大だ。力押しで進めばこの都市を落とせそうではある。ただし軍部の信頼を失うかもしれない。彼にとっても「ピュロスの勝利」になりかねない瀬戸際なのかもししれない。

格言は便利だ。講釈を加えれば、たいがいの事象に適用できるのだから。
この歴史学者は台湾危機では、この格言を逆に使っていた。習近平は台湾軍事侵攻に成功しても、台湾の半導体技術を利用できなくなり、かえって中国経済の活力を失い「ピュロスの勝利」になりかねない。このことを根気強く説けば侵攻を思いとどまるだろう。

判断基準は人さまざまだ。習近平が台湾併合という党内名声のために、他者の説得に耳を貸さない可能性があるのではないか。彼のこれまでの唯我独尊的行動パターンを見れば、その確率の方が高いと思えるのだが。

ゼレンスキー大統領の場合、ロシアの侵攻に抵抗しているのはウクライナだけとは思っていない。プーチンの民主主義つぶしに対しては、先進民主主義国民みんなの支援が続くと信じている。西側諸国明の支援疲れ報道こそフェイクである。このゼレンスキー氏の信念をドン・キホーテのようなものと笑える民主主者がいるものだろうか。
逆にクリミアと東部2州を諦めれば、西側諸国民はゼレンスキーは二枚舌だったと失望し、支援を止めてしまうことになる。SNSの声はそう聞こえる。

そう考えると「ピュロスの勝利」の格言がもっとも妥当するのはプーチンであろう。バフムトを落としてもウクライナは降伏しない。ロシア軍は戦闘のたびに消耗し、支援国はない。自国内でプーチンの指導力への懐疑的な動きが再発し、第一世界大戦末期のロシア革命のような騒乱になるかもしれない。
昨年2月の侵攻前、名のある専門家はそろえて「プーチンが合理的判断をすれば侵攻はあり得ない」と言っていた。でもプーチンは軍を進めた。
合理的判断はひとごとに基準が違う。専門家の弊害は、為政者が自分と同じ合理的判断をすると思い込むことだ。




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