見出し画像

850 「年収の壁」対策案 一時しのぎでは解決遠い新潟日報社説 2023.7.1

 主婦のパート賃金がなぜ上がらないか。そしてそれが賃金アップ全体を難しくしている。
 理由の中で大きいのが、「年収を130万円以内に抑えたい」と主婦当人たちが希望するから。
 社説が言うように、当人のパート年収がこの金額を超えると、国民年金においては第3号被保険者ではなく、第1号被保険者に変更になる。どちらであっても将来受け取る基礎年金は同額。しかし、第1号被保険者では保険料納付が年金権取得の条件であるに対し、第3号被保険者はそもそも保険料納付が必要ない。国民年金保険料は月額1万6520円。パートの者にとっては大金である。
 払っても払わなくてもらえる年金が同じなのであれば、払わない方を選択するのが常識人。
 そこで何が起きるか。昨年まで月々10万円のパート収入であった主婦の場合。昨年の年収は120万円だから“130万円の壁”以内であり、保険料は不要であった。今年は昇給があり、同じ労働時間ながら月々11万円になった。11月までの収入は121万円。この主婦は12月のパートをどうすべきだろうか。普通どおりに働けば年収が132万円になり、第3号被保から第1号被保険者に変更になる。すると翌年以後、月額1万6,520円の保険料を払わなければならなくなる。12月の収入を9万円内に抑えることが必要になる。
 選択肢1。みんなと楽しくパートをしたいので、12月だけ時給を下げてほしいと申し出る。しかしこれは明らかに違法。
 選択肢2。ならば12月の後半から年内いっぱい休むことで年収を調整する。しかしそれではシフトに穴が開き、会社は困ってしまう。
 選択肢3。書類をごまかす。
 いずれを選択しても後ろめたさはぬぐえないだろう。
 そもそもの問題の根幹はどこにあるのか。社説が指摘するように「第3号被保険者は、会社員や公務員である配偶者の扶養の場合、自身で保険料を払わずに老後の年金を受け取ることができる」仕組み。ここが基本。
 わが国の年金政策は独特で、現役年齢で稼得活動をしていない人にも、長生き者には年金を支給するとした。これが国民“皆”年金。その代わりに現役年齢ではだれもが保険料を納付することにした。第1号被保険者は「自営業者が対象」というが、正確ではない。雇用労働者以外はすべて含まれる。失業者も当然第1号被保険者。その整理の一環で、主婦も第1号被保険者。夫が自営業を営み、その妻が内助の功に徹していても第1号被保険者として保険料を納付する。妻には固有の収入がないから、夫が連帯義務者として納付する。
 そうしたなか夫が雇用労働者(第2号被保険者)であり、その妻の年収が130万円を超えない場合を第3号被保険者として、保険料納付義務がないことにした。
 なぜそういう仕組みになったかの理由は社説が説明している。しかし基礎年金導入時から40年近くになる。また純粋の専業主婦(自分名義の収入ゼロ)は、子育て期間中を除けばまずいない。
 ということは“130万円の壁”問題の解決は基本に立ち返れば実は簡単なのだ。第3号非保者を廃止して、すべて第1号被保険者にする。要するに主婦の年収の多寡にかかわらず、すべて月額1万6520円の保険料を求める。夫が自営業であれば保険料負担があるのに、夫がたまたま雇用労働者であれば保険料負担なしが不公平と気づくことだ。
 第3号被保険者は健康保険で配偶者が“被扶養者”になっていることが参考にされた。この配偶者被扶養者も、妻が現役年齢にある間は理由を失っており、廃止すべきだ。
 これに対しては当事者の負担増になるから反対との声が出るだろう。たしかにそのとおりだ。しかし制度を作ったときには合理的であっても、今は不公平になっているのであれば、それを説明し、仕組みを改めるのが政治責任というものだ。しかもここでの不合理廃止は、公的年金や公的医療保険の財政改善につながる。社会保険料の無節操な引き上げを幾分でも緩和する効果もあるのだ。
 子育て中でパートどころではない者についてはどうするか。岸田総理は少子化対策には国民の将来がかかっているとおっしゃっている。少子化対策として子育て中の者の保険料免除を充実すればよい。出産前後の4月間は保険料免除し、しかも年金記録上は保険料納付済み扱いすることになった。この期間を子どもが3歳までなどと延ばせばよい。
社説本文
 より長い時間働きやすいように優遇するとはいえ、一時しのぎに過ぎず、問題の解決には遠い。抜本的な制度改正に向けた議論を着実に進めていくべきだ。

 配偶者に扶養されるパート従業員が、社会保険料負担の発生を避けるために働く時間を抑える「年収の壁」を巡る問題で、政府の対策案が判明した。

 所定労働時間の延長などで生じた保険料負担を穴埋めするため、従業員に手当を払った企業に対して、従業員1人当たり最大50万円を助成する。

 一定以上の年収で社会保険料が発生したり、税の優遇が小さくなったりして手取りが減る「年収の壁」を、パート従業員らが意識せずに働けるようにすることで、人手不足を補う狙いがある。

 対策案は、保険料の全部または一部を企業が手当として従業員に支給できる仕組みをつくる。手当は賃金に含めない特別扱いとし、手当による保険料増は生じない。

 扶養に入っている従業員だけでなく単身者も対象とし、企業は補助金を保険料の企業負担分や賃上げの原資に充てられる。

 年収の壁を巡っては、岸田文雄首相が2月に「対応策を検討する」と踏み込んだ姿勢を見せた。

 しかし、示された対策案は時限的で、壁の元々の要因である年収ラインの問題は残されたままだ。支援なく保険料を納めてきた人には不公平感もある。小手先の対策だけでは問題は解決しない。

 政府は、2025年の法案提出を目指す年金制度改革の中で抜本策を議論する。注目点は、壁の根本にある国民年金の「第3号被保険者制度」をどう扱うかだ。

 第3号被保険者は、会社員や公務員である配偶者の扶養の場合、自身で保険料を払わずに老後の年金を受け取ることができる。

 制度ができた1986年当時、会社員らの妻には公的年金への加入義務がなく、老後の暮らしが不安定になる場合があった。

 しかし、働く女性が増えるに従って、保険料負担をしなくて済むことへの不公平感が高まった。

 90年代前半に1200万人以上いた第3号被保険者は、2023年3月末時点で約721万人と減り続けている。

 政府は、共働き世帯の増加など社会の変化に合わせ、制度の方向性を示す必要があるだろう。

 一方で既存の制度を前提としてきた主婦層の負担増につながりかねないことには配慮も要る。

 現状では年収の壁を越えると「働き損」と意識されがちだが、厚生年金への加入は、将来の給付面では国民年金(基礎年金)だけの時と比べて手厚くなり、老後生活の安定につながる。

 手取りの確保や人手不足の解消と同時に、政府は厚生年金の仕組みや利点などについても丁寧に説明していくべきだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?