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『学習する社会』#22 3.学ぶこと 3.2 思考のための道具 (2)行為の進行

3.学ぶこと

3.2 思考のための道具

今まで何をしてきたのか、これから何をするのかを考える際、我々は経験の生の、そのままの記憶で考えるわけではない。経験を類型化された事物、類型化されたモノ/コトとして記憶して考える。類型という思考のための心的で個人的な道具を使って考える。他方、我々は何かをすることによって考えられるようになる。今回は、思考の前後に、そして思考の過程に不可欠な「行為」の進行について考えてみたい。

(2)行為の進行

我々は外的世界について行為を通じて知り、知っていることに基づいて行為する。行為を通じて知ることの中には意図と関係しないものもあるだろうが、我々が一連の行為を行う際には、基本的にはその一連の行為を導く計画を持っており、計画に従って行為を進める。参照可能な蓄積された知識に照らして実行可能な方法の予行を意識の中で行い、その結果として未来完了型の行為としての計画を創り出す。シュッツ(1970)はこれを投企と呼んでいるが、投企としての計画は結果としての行為ではないため、多くの空白部分を含む素描でしかない。この空白が埋められるのが行為の進行である。

実現過程としての行為

未来完了型の行為である計画を前提として行為の進行過程をワイク(K.E. Weick、1969、1979)は実現過程と呼んでいる。実現過程では計画の空白部分が埋められていくが、そこには完全には予測できない環境との相互作用が存在する。実現過程が生み出す結果としての経験は、未来完了の結果でしかない計画とは大なり小なり異なることになる。

ワイクは、実現過程の特徴を四つをあげている。
1)実現過程が括弧入れであること
2)実現過程には逸脱拡大傾向があること
3)実現過程は自己達成予言の様相を持つこと
4)実現過程は現実の社会的構成であること
順に見ていこう。

括弧入れとしての行為=実現過程

今現在流れている生き生きとした経験=行為の進行において、我々はその時認知可能な環境要素をすべてを利用しているわけではない。認知可能な環境要素の一部分を括弧に入れて取り出している。ナイサー(U.Neisser、1976)の知覚循環(図表1)でいえば、抽出である。図表1において、現在環境の図式が行為に入る際の計画=投企である。計画は意識的な行為の下位単位としての自動化された行為を呼び出す【知覚的探索の方向付け】。そして、環境に作用する【行為動作】。それがナイサーの知覚探索にあたる。何かを為すこと=行為は投企した未来の結果を実現させようとすることであると同時に、環境についての探索でもある。

行為によって環境から多様なデータがもたらされるが、そうした多様なデータすべてが行為の進行において使われるわけではない。その中のある部分が括弧入れされる【抽出】。何を括弧に入れるかは、行為を導いている投企=現在環境の図式=計画にある程度は制約される。もちろん、突然聞こえる大きな声のように予期していなかったモノ/コトに注目することがあり、投企では予期しなかったモノ/コトも括弧に入れられることがある。こうして、括弧に入れられた経験【相互作用】の流れが現在環境である。その現在環境は計画の空白を埋めて、それを修正する。こうして実現過程の循環、ナイサーの知覚循環が続いていく。

図表1 ナイサーの知覚循環
ナイサー, 1976, 訳書p.119

行為における逸脱拡大

括弧入れは計画に制約される。計画=現在環境の図式にあてはめるためのデータを探す方が容易であり、そうではないデータは、たとえ知覚していても、認知し難い。計画に注目すればするほど、認知しようとしない。そして、計画の空白を埋めるデータ【現在環境】は括弧入れに制約されている。現在環境に従って現在環境の図式=計画が修正される。修正された計画は現在環境に制約されている。ナイサーの知覚循環では前段階に制約されて後段階が進行する。

こうした知覚循環では、現在環境の図式で空白になっている部分=計画で明確にできない部分を埋めようとする。空白に対応する環境部分には行為以前(環境からのデータ入手前)から注目しているし、括弧入れしやすい環境部分(注目しやすい環境からのデータ)で埋められる空白に注目しがちになる。計画における空白(あいまいな部分)すべてではなく、特定の空白が繰り返し注目されることになる。その結果、特定の空白部分だけが密に、詳細に埋め尽くされるように計画が修正される。修正に制約された特定方向に肥大化した現在環境が認知されるようになる。初期の計画に対する空白の埋め方のかたよりである逸脱が一方的に拡大していく。行為は注目していた空白、あるいは注目し始めた空白を埋める方向に逸脱し、逸脱を拡大することになる。

実現過程=行為は逸脱拡大の傾向を持っている。もちろん、計画に入っていない刺激へ反応することや埋められない空白へ改めて注目することもあるので、この逸脱拡大過程が永続することはないだろう。しかし、短期的になればなるほど、行為の逸脱拡大循環は自然な傾向である。

行為の自己達成予言

上記のような逸脱拡大の結果、計画の空白部分の一部だけが埋められる。その結果として修正された計画では、空白が埋められた部分に関連する出来事をより正確に予測できるようになる。すると、自分が計画しているように出来事が知覚⇒認知可能となり、自分が計画している方向に実現過程が進行する。すなわち、計画が実現する。計画における空白は等しく注目されるのではなく、特定の空白に注目が偏り、計画は偏った注目の方向へ逸脱拡大して修正されていく。計画が実現するよう計画を修正することになり、当然のこととして計画は実現することになる。行為の進行は自己達成予言の特性を持っている。

もちろん、現実を見れば、思った通りに事が運ばないことも少なくない。行為が環境からの制約を免れられない以上、自己達成予言となりやすいという特性と理解すべきであろう。しかし、行為の自己達成予言傾向は、逸脱拡大の傾向を含めて、一つの計画に従って行為を連鎖させている今という時間の中で発生する重要な傾向である。短期的には行為が自己達成予言であるからこそ、我々は自働化された行為を呼び出して行為を進行させることができるのである。

行為による現実の社会的構成

ナイサーの知覚循環は知覚循環の主体である自己とその他すべての環境で構成される。しかし、ロビンソン・クルーソーでもない限り、我々の行為の多くは誰かと相互作用する社会的なものである。その場合、環境の構成要素は他者であり、他者の行為である。その他者も自身と同様に知覚循環を行っている。私の【計画】⇒【行為】⇒【現在環境=他者の反応】⇒【計画】という知覚循環=行為の進行は相手(他者)の同じような知覚循環と相互作用する。

社会的な知覚循環は、私の知覚循環だけではないので、【計画⇒行為】と【反応⇒計画】の循環が自分と相手の間で二重化することになる。行為の社会的循環は自分が行為して、それに対応して相手が行為して、その行為に対応して自分が行為するという二重の相互作用の過程である。実現過程は括弧入れされ、逸脱を拡大し、自己達成予言に向かう傾向を持つが、同時に実現過程の生み出す現実は他者との二重の相互作用の中で社会的に構成された現実でもある。

行為の進行と学習

現実の行為の進行は、ナイサーの知覚循環における方向付け、抽出、修正という下位過程が順々に、断続的に起こり、知覚循環全体として連続的に進行しているというものではない。それらの下位過程が常に連続的に並列的に進行する。もちろん、方向付けに注力したり、抽出に注力したり、修正に注力するということはあるだろうが、方向付けに注力しているときにも、同時に抽出も修正も行っている。これが行為の進行における知覚循環である。

我々は意識のある時には間断なく外的世界から刺激を受けている。その刺激は感覚器によって受動的に受信される。いわゆる五感【視角/聴覚/嗅覚/味覚/触覚】である。同時に我々は我々自身の能動的な器官【筋肉】への指令を通じて外的世界に働きかけ、同時に感覚器官の外的世界に対する位置を調整している。その事実を我々は五感から得ながら身体感覚としても得ている(図表2)。ナイサーの示した知覚はそれらの受動的な感覚と能動的な身体感覚を統合するものであり、知覚のための図式【計画】がその統合を行い、かつすべての感覚がその図式【計画】を修正する。

図表2 単純な思考機械の環境対応

ナイサーの知覚循環は短い時間経過の循環を対象としているが、この循環概念はワイクの実現過程の概念に重ね合わせることができる。同時に、知覚循環の外側にある世界の認知地図や現実世界、多様な行為と知覚循環の相互作用を想定すれば、図表1の知覚循環の姿はワイクが示した組織化の循環過程とも重ねられる。常に環境を知覚しながら、投企に基づき、投企内容を修正しつつ行為を進める知覚循環こそが我々の「学習」の原点にあると言えよう。次回以降では、行為しつつ学習する姿を深く掘り下げたい。

今回の文献リスト(掲出順)

  1. Schutz, Alfred (1970) On Phenomenology and Social Relations (Edited by Helmut R. Wagner), University of Chicago Press. (森川眞規雄/浜日出夫訳 (1980) 『現象学的社会学』紀伊國屋書店)

  2. Weick, K. E. (1969) The Social Psychology of Organizing, Addison-Wesley. (金児暁嗣訳 (1980) 『組織化の心理学』誠信書房)

  3. Weick, K. E. (1979) The Social Psychology of Organizing 2nd, Addison-Wesley. (遠田雄志訳 (1997) 『組織化の社会心理学 第2版』文眞堂)

  4. Neisser, Ulric (1976) Cognition and Reality, W. H. Freeman & Company. (古崎敬/村瀬旻訳 (1978) 『認知の構図―人間は現実をどのようにとらえるか』サイエンス社)

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