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相撲マンガの傑作『ああ播磨灘』は「人間が神になる物語」ではないか

『ああ播磨灘』という相撲マンガ、ご存知ですか? 僕は世代でないので「メガドライブで出たゲームがものすごい低評価らしい」ということしか知らなかったのですが、読んでみたらおもしろくてびっくりしました。

コミックDAYSでは2021年2月7日まで、1話~50話の無料公開が行われています。まだの方はとりあえずそれを見ましょう。ここで話はいったんおしまい。

で、僕は50話まで読んだらおもしろくて全巻を買ってしまったわけですが、本作はとにかく主人公の「播磨灘」がすごいキャラクターなわけです。だいぶろくでなしで、横綱なのに品格もクソもない。とはいえ、最初はいいヤツかもしれないかと思えるのです。

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▲『ああ播磨灘』1巻 76ページより

横綱になった途端「負けたら引退」宣言をする。
・日本相撲協会を敵に回し、無意味な伝統をぶち破る。
・客を盛り上げるために仮面をかぶって花道を歩く。
・四股で母親の病魔を追い払う。
「ぼけーー」と罵倒する。

こういった要素だけ見ると「口は悪いけど根はいいやつなダークヒーローなのかな?」と思うのですが、読み進めていくとどうもそうでもないなと思うようになります。

・むやみに対戦相手を罵る。
・対戦相手をケガさせることをためらわない。
・ヤクザと仲良くなる。
女をはらませまくる。

話が進むたびに播磨灘の行動は激しくなってゆき、とにかく無茶苦茶としか言いようがないことばかりします。最初はまだ人間味のある播磨灘ですが、中盤になるともはや心の内が描かれなくなるのです。

終盤はもはや笑うか怒るかの二択。セリフもかなり少なくなるわけですが、さらに悪人になるかというと違います。確かに播磨灘は対戦相手を殺す気で相撲を取っていますし、暴力をふるいまくるろくでなしなのですが、作中でも指摘されるとおり相撲のルールはきちんと守っているんですよね。

播磨灘なりの論理はあるようなのですが、共感などまったくできないタイプの主人公。いやもうホントどうかしています。けれども、この播磨灘が破天荒なおかげで作品としてはすごくおもしろいわけですね。

◆播磨灘は設定としての存在か

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▲『ああ播磨灘』13巻 27ページより

『ああ播磨灘』を読むと「播磨灘ってなんなんだ?」と思うようになります。ヒーローでもなければ悪人でもなく、ダークヒーローかと思えばそうでもなく、とにかく常識破りとしか言いようがない。

ちょっとズルいですが、「播磨灘は作品をおもしろくする装置である」と言うことができます。作品のあとがきにもあるように、作者のさだやす圭氏は、スポーツマンガの常識を越えようとして本作を描いたようです。

『ああ播磨灘』では最初から頂点の人物(横綱)が主人公になっています。下からどんどん上にあがるほうが確かに描きやすいですし、しかも相撲という競技の都合上、同じ対戦相手と何度も戦います。つまり、ふつうの作品に比べると制約のあるマンガなわけですね。

制約がある以上、何か工夫をしなければならない。そこで重要なのが播磨灘が無茶苦茶な人物であるという設定です。龍の仮面をかぶって火を吹くわ、全身に金粉を塗って土俵入りするわ、相手を挑発しまくるせいで他の力士も本気になるわ、日本相撲協会の顔にドロを塗りまくるわと、確かに盛り上げる要素には事欠きません。

播磨灘がとにかく強くて魅力的という側面もありますし、逆に播磨灘を倒さんとする力士たちの努力の物語としても読めます。播磨灘がいるおかげでマンガとしてもかなり魅力的な内容になっているわけですね。

というわけで、身も蓋もない話ですが「播磨灘は単なるキャラクターというより、作品を盛り上げるための世界設定」と言えるのではないでしょうか。

◆播磨灘は神となる

『ああ播磨灘』最終話では、取組中の播磨灘が「横綱とは何か」と語ります。

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▲『ああ播磨灘』28巻 292ページより

「横綱とは 悲しい神じゃ」
「横綱とは 怒れる神じゃ」
「横綱とは 殺生の神じゃ」
「おのれの荒ぶる相撲はほんの小手先じゃ おのれなら 荒ぶる仁王にならんかい」
「荒ぶる神にならんかい」

この「神」をどう解釈するか難しいところなのですが、少なくとも『ああ播磨灘』における「播磨灘」というキャラクターは、あらゆるものを引っ掻き回し、他の人間には理解できない論理で周囲を喜ばせたり困らせたり、時に信仰されたり憎まれたりと、もはや自然現象のような存在ですよね。

自然は時に人間に恵みをもたらし、時に厳しすぎる結果を与えます。終盤の播磨灘はまさにそんな存在で、初期に比べると表情のパターンが少ない訳のわからないやつになっています。

そうか、『ああ播磨灘』は、播磨灘という人間がそういう神になる物語だったのかもしれない、と思わされる作品でした。

(いや、最終話のタイトルは「大鬼神誕生」なのでこの記事の論理はちょっと違うよな……とも思うのですが。まあそこらへんは実際に読んでみてください。)

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