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「ステーション・バー」で人気のこづかいホラーマンガ『こづかい万歳』の魅力

◆『こづかい万歳』1巻がついに発売!

2020年7月20日にマンガ『定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~』(以下、『こづかい万歳』)1巻が発売されました。

吉本浩二先生が週刊雑誌『モーニング』で連載している作品で、こづかい制度に悩む小市民の「ちょっと苦笑いされる日常」を描いているらしいのですが、ネット上での捉えられ方は異なっています。

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▲モーニング 2020年30号 293ページより。

特に話題になったのが「ステーション・バー」の村田。彼は駅の片隅でこっそりと酒を飲み、駅にいる人々の人生を勝手に眺めて「生の映画を観ているようなモンだよ……」と感涙し、おまけに昼食はいつも名古屋駅のきしめんをすごい表情で食べているわけです。そんなわけで本作の登場人物たちは、こづかい怪人とすら呼ばれています。まあ呼ばれるよね。

前述のように、『こづかい万歳』はこづかい制度に悩みつつも人生を楽しく生きようという人たちの話なのに、なぜかこんなとんでもない人物が出てきてしまうわけです(ただし、ステーション・バー村田は1巻には登場しません。2巻に収録予定なので、1巻を買って応援しよう)。

※追記:『こづかい万歳』2巻が2021年1月21日に発売されました。こちらにステーション・バーの話が載っています。

なぜ『こづかい万歳』はこんな恐ろしいホラーマンガになっているのか。そこに本作の魅力があるのではないかと思うのです。

◆登場人物たちの楽しみがなんだかデカすぎる

そもそも『こづかい万歳』はほぼノンフィクションで、登場する人物はたいてい子持ちの模様。家計や将来のためにお金を貯める必要があり、それゆえにこづかい制になっているわけですね。

つまり家族や子供のために切り詰めているわけで、たとえばステーション・バー村田も最初はこづかいが5万だったのに、自ら3万にして、最終的には1万5千円になっていつも昼食にきしめんを食べながら、この世のすべての情報が載っているプレイボーイを読んでいるわけです。

なので「こづかいが少なくても家族が幸せになって嬉しい」という話のはずなのですが、本作は「こづかいが少なくても自分が楽しい」という描き方をするのです。まあ、もちろん少ないお金で過ごすなかにも楽しみはありますが、前者がほとんど描かれないゆえにだいぶ気になる部分が出てくるわけです。

たとえば4話では吉本先生の奥さんが、日高屋に行くシーンがあるのですが、これもネット上で「不気味だ」と話題になりました。

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▲『定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~』1巻107ページより

僕も日高屋に行ったことはありますが、いい店ですよね。ただ安くて手軽でそれなりなのがいいのであって、店にいるすべての人がめちゃくちゃ幸福そう、という描写は僕の認識とズレがあります。

吉本先生の奥さんは、10話で「友人がコーヒー酒を作って飲んでいるのに、自分は余ったコーヒーで安焼酎を割って飲んでいる」事実を知ったとき、嫉妬するわけです。つまり価値判断が狂いきってるわけじゃない。もちろん日高屋も好きなんでしょうが、高級中華に行きたい気持ちだってあるはず。しかし、『こづかい万歳』ではそういうつらさをほとんど描きません。

それどころか、「私のオアシス… 日高屋…!!」とものすごく楽しげに描いているわけです。ステーション・バー村田も駅で酒を飲んで人を勝手に見つめているだけなのに泣き始めて、全般的に異常にポジティブで不気味なんですよね。小さな幸せを人生の絶頂のように捉えているというか。これが『こづかい万歳』が怖がられる理由であり、同時におもしろい理由でもあると思うのです。

◆なぜ『こづかい万歳』は異常にポジティブなのか?

異常にポジティブな理由は2つ考えられます。まず、こづかい制の人たちが合理化している可能性。言ってしまえば、正当化のための言い訳ですね。

イソップ寓話に「すっぱい葡萄」の話があるそうですが、あれは高いところにある葡萄が取れない狐が、「あんな葡萄はすっぱくてまずいだろう」と負け惜しみを言って諦める、というものです。

よほどの大富豪でない限り、どうしても諦めなければならないものがたくさんあります。それに対して「どうせ手が届かないのだから、自分にあるもので十分だ」と合理化するのは自然なことです。これはどの人間にも多かれ少なかれあるでしょうし、こづかい制であるならば諦めるものも多く、こういった考え方になるのはおかしくないでしょう。

ストロングゼロを薄めて飲むのがうまい! Pontaカードでポイントを貯めて出張先でケンタッキーを食べるのが最高! 正直なところむなしいですが、そう思わざるをえない事実はあるのでしょう。これ自体は(程度に差はあれど)誰にでも十分ありえる話です。

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▲モーニング 2020年30号 295ページより。

しかし、もうひとつの要素が話をややこしくします。それは、信頼できない語り手の問題です。そもそもステーション・バー村田が道行く人を見て泣くの、涙もろいとかそういう問題じゃないのでは!? 『こづかい万歳』はほぼノンフィクションとはいえ、描き手、つまり吉本先生が膨らませている可能性は十分にあるんですよね。

そもそも吉本先生は感性が独特な方らしく、『日本をゆっくり走ってみたよ』では、バイクで日本一周することによって女性に告白したことにするというよくわからない行動をとっています。

「日本を一周していろいろ学び、人間として成長したから僕と付き合ってください!」というならまだわからなくもないのですが、この本の内容は「全国を旅しては落ち込み、各地の風俗に行く話を赤裸々に描く」という根本的にズレた行動をとっていらっしゃるわけです。

で、ここからは推測なのですが、「吉本先生はもしかすると取材対象の言葉を本当にそのまま捉えているのでは?」と思えてくるのです。

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▲モーニング 2020年30号 298ページより。

ステーション・バー村田も、さすがに毎日きしめんを食べていたら飽きるでしょう。しかし安い食事から離れられない現状を「最速・最安・最高の… ベスト・パートナーだよ!!」と強がって表現しているならば、こづかい制に苦しみつつも合理化している人間の言動として納得がいきます。そしてそれを吉本先生が真に受けて過剰に楽しそうな日常として描き、それが読者に怪人として受け入れられているのでは……と思えるのです。

というか、少なくとも村田の目がとんでもないことになっているのは吉本先生の想像ですよね。お願いします、そうだと言ってください。

『こづかい万歳』は、家族や子供のためにこづかい制で頑張る人たちの悲哀を描いたであろう作品なのですが、登場人物の強がりもあり、さらに描き方があまりにも独特で傍からみると異常な趣味に興じている怪人たちが集結しているようにしか見えないマンガではないか、というのが僕の解釈です。

なので本来の作品の目的からはだいぶズレている気がするのですが、ともあれおもしろいのである意味では成功していますよね。かくいう僕も、今まで雑誌で連載マンガを追ったことがないのにモーニングを買うくらいですから。うちの奥さんも「モーニング買った?」といつも聞いてきます(『こづかい万歳』は基本月1掲載みたいです)。

そもそも物事は見る側の捉え方によって変化します。壁のシミも怖い顔に見えることがあるように、こづかい制の悲しくも楽しい日常も、切り取り方によってはホラーに見えるのかもしれません。

みんなも読もう! こづかいホラーマンガ『こづかい万歳』を!

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