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埋まらない溝

昨日は朝からモヤモヤしてしまった。
最近世間を騒がしていた某お偉いさんの女性差別のニュースのことだ。

男尊女卑の真っ只中生きてきたご高齢のお偉いさんが時代錯誤の差別発言をしてしまって辞任する流れは当然だなと思う。そんなに人はすぐに考え方を変えられるものではないし、そもそも差別しているっていう自覚すらない人だって皆んなよくわかったじゃん。全世界のスポーツの祭典の責任者としては適任ではないよね。


でもね、その人が言ってしまった事を「仕方がないよ〜」と夫がいうのはなんだか許せなかった。その後彼は、「今の世の中は男の稼ぎだけで暮らしていけないからなぁ」と言ったからだ。

これを聞いて
「は?えぇ?」
と思う人はどれくらいいるんだろう。

この言葉に私は彼の中にある、「男たるもの〜」という根深い呪いと男女差別を感じて、将来一緒にいられないのではないかと思うほど嫌悪感を抱いた。

だってそうでしょ?
そもそも稼ぎが多いかどうかで家の中で偉いかどうか決まるの?
ってか、まさか、男女がどちらも仕事しなければいけない世の中だから男も仕事だけじゃなくて家のことをしなければいけないって思っちゃってるの?!

もし世の中が男の稼ぎだけで暮らしていけるなら男女は差別されてていいのか?
ってか、そもそも家事を家庭のことや育児は両親のどちらか一方(主に女)が担うものなの?

もう言いたいことがありすぎて、ありすぎて…。
こんなことだから男と女の溝が埋まらないのではという絶望。
夫とはいえ他人だから違う事を考えてても本当は問題じゃないんだけどさ。
でも、これって無意識にめちゃめちゃ男女差別してるからね。


仕事=人生
と思うことは自由だし、できれば私も仕事で世の中から評価されるような人になりたかったよ。
でもね、私は仕事だけに打ち込むのは無理だと思った。こども欲しかった。
それに「女が男を支えるもの。男が仕事に打ち込めるように家のことはできるだけ女の私がやるべきだ」と思っていた。(本当はそれも辛かった。)

そんな私でも最近はやっぱりそれはおかしいなと思うようになった。
きっかけはこどもの存在。
どんなに私がダメダメな状態でも「おかあさんだいすき」と抱きしめてくれる。私は存在するだけで十分という評価をもらえたからこそ、家事や育児、家族との生活の時間も仕事と同じくらい大事なんだと思い直した。

いくら稼ぎがあって世の中に評価されても、一緒に暮らす家族に認めてもらえないことは寂しいことだ。


男女差別はどうしたらなくなるかという答えは出せないけど、
「男だから、女だから」という暗黙の了解でしている事はないだろうか?と疑うことは大切なことだと思う。差別が無意識で行われてるからこそ、傷付けられている・差別されている側が声を上げない限り顕在化してこない。
でもこれって正直かなりしんどい作業。私は特に普段から思っている事をすぐに言葉にしないでやり過ごしてしまうからなぁ。
まずはここにきちんと記しておこう。

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