ぱなぬふぁ、という名の店 2

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まったく、こんなにヒト以外のお客さんの多いステージは、初めてだ。ツアーもいよいよ終盤にさしかかるというのに、この舞台の上でいったい何をやったらいいのか、全然見当がつかない。

思いあまって、店の裏でタバコ吸ってる岩崎さんに相談する。

-何やったらいいんでしょうか、僕?
-あー、何でも好きにやってくれてえーよ。

これといって他に娯楽施設もない波照間島では、ライブの日には、ナイチャーや他の島から来てる人たちが集まって、いつのまにか店は結構なにぎわいを見せている。
冷房のない店内には、もちろん窓にガラスもない。壁を四角くくり抜いただけの窓からは、南の島の豊穣な生態系が、店内の明かりめがけて殺到する。
時ならぬご馳走の集合に、天井のヤモリたちも興奮を隠せない。


客席の顔ぶれは、労働者のおっちゃんに、民宿の仲居さん。お店やってる人。旅行者。正体不明の人。歳とった犬。若い猫。天井のそれぞれの場所に陣取るヤモリ達。その餌となる夥しい虫達。
いわれてみれば確かに、ゴキブリの姿は少ない。
かなり控えめに行動しているようだ。
窓の外では、ヤエヤマオオコウモリが電線にぶらさがっている。
フルーツ食の彼らがたてる、ガラスを引っ掻くような鳴き声。
気が遠くなってきた……。

演奏が始まってからのことは、あまり憶えていない。
舞台へ上がっても何やるか決まらず、話をしながら、タンブーラの調弦を変え、いろいろ考える。

-やりたいことやったらえーよ。

岩崎さんの声が頭に浮かぶ。
いったん始まってからは、あとは突き動かされるように演奏する。
時間も気にしない。
アーラープがはじまってすぐ、さっそく興奮したお客さんのひとりが舞台めがけて飛んできて頭にぶつかり、髪の毛の間に潜り込む。右後頭部の辺りをもぞもぞ這い回る。かまわず吹き続ける。もうひとりのお客さんが、襟足から首筋をつたってクルタの背中に落ちる。


まったく、波照間島にはカミサマが多い。
森に住むカミサマ。お構いなしに戯れるカミサマのような生物たち。そこに住むカミサマに近い人たち。
こっちはもう、セロ弾きのゴーシュ状態だ。

演奏が佳境にさしかかり、盛り上がりの中でふっと音が途切れた瞬間、いいタイミングで天井からヤモリの歓声。コール&レスポンス。あー、やっぱり聴いてるなあ、これは。


演奏終わってみんなで打ち上げ。
途中、ぱなぬふぁのよしみちゃんが突然三線出してきて、
-わたし、歌います。

おお、やんややんや。

-今、歌えって言われた気がして。歌わなきゃだめだって。
 こういう時歌わないと、後が怖いんですよ。夢に出てくるんですよ、カミサマが。歌わなきゃおまえ、死ぬぞーって。
 だから、歌います。


なんとなく僕は、谷川俊太郎の「私がうたう理由(わけ)」を思い出していた。この島で生まれ育ったよしみちゃんの歌は、強い。歌を歌うのに、理屈がいらない。そこに歌うべき歌がある。そして今、自分が歌わなきゃいけない。自分の番が来ている。そのことに微塵も疑いがない。

……かなわないなあ、まったくもう。
最初のひとつかふたつ目の音で、もう降参。
あるいは歌の出だし。声が空気を震わせる瞬間。


結局2時くらいまで飲んで、宿まで歩いて帰る。
見上げれば、降るような星空。
あふれんばかりの天の川。

かなわんなあ、もう。

(2005.8.13)

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