心臓日記第1部 その1──発症、救急車、緊急手術

 2024年の正月休みが終わり、またすぐに連休に入った。ある日の夕方に横になりながらスマホを見ていると、突然胸が苦しくなる。強烈な痛み。まったく治らない。冷や汗が出てくる。
 こういう「苦しくて冷や汗」は初めてではなく、これまでは胃がおかしくなっていてトイレに行って出すもの出したら治まっていた。今回もそれかと思ったのだがトイレに入っても何も出ない。苦しさ、痛みはますます強くなっていく。体が痺れてくる。
 生まれて初めて自分で自分の救急車を呼ぼうと思う。が、日和ってその前に#7119に電話する。状況を聞かれる。胸が痛いんですね。はい痛いです苦しいです。冷や汗は? めちゃくちゃ出てますぎぎぎぎ。息苦しさは? 苦しいですぜえはあ。分かりました救急車向かわせますので住所教えてください。
 (分からないが、結果的に#7119に電話して良かったのかもしれない)
 その数分後に救急車から電話が入る。今向かっていると。ふらふらとスマホと鍵だけ持ち、扉を開け、廊下で寝そべって待つ。オートロックのインターホンがなる。開ける。エレベーターで部屋まで来てくれる。保険証はありますか? あそこを見てみてください財布があるのでその中です。上着は? あそこにかかってます。
 車椅子に乗せられてエレベーターへ。下へ行き、救急車に乗せられる。
 救急車の中で、誰か連絡できる人はいますかと聞かれる。近くに住んでいる知人(*)の電話番号をスマホから探して渡す。救急車は走っている。
*この人は今後何度か登場してくるので、これ以降「ペンギン」(©姫乃たま)と呼びます。

 どうやら病院に着いた。ベッドのままガラガラと運ばれているのが体感で分かる。まるでジェイコブズ・ラダーだな。と思うような余裕はその時にはなく、今思っている。
 その途中で声をかけられる。眼を薄く開ける。白衣の人が顔を寄せている。「急性心筋梗塞です。このままだと死にますので、緊急手術します。合併症などもあるのでふつうは手術合意書に署名をもらうんですがこの状態では無理なので、口頭で了承してください」「あい」そして局部に激痛が走る。大声を上げる。今なら分かる、尿道カテーテルである。この後これには苦しめられることになる。
 目を閉じているのでどこで何をされているのか分からないが、どうやら手術をしている。薄目を開ける。人がたくさんいてバタバタしている。鼻カニューレで酸素を入れられる。麻酔だろうか、注射をたくさんされる。痛いという感覚はもはやどこにもない。でも意識はある。
 右鼠径部をさっくり切られている。そこから何かを入れられている。なぜかそれが分かる。突然気持ちが悪くなりでろでろと大量に吐いてしまう。「薬が効いている証拠です。がんばってください」「あい。でろでろでろでろ」泣きながら吐く。痛くて泣いているのではない。ただ単に涙が吐しゃ物と一緒に流れ出てくる。
 「はい、じゃあ次30分」「OK、じゃあまた30分ね」これを何度か聞いた。あれはなんだったんだろう、何かの薬か。30分って長いなと思っていたが、次の30分はすぐに来た。たぶん4, 5回は聞いた。
 何をされているか分からないまま時間が過ぎる。目は閉じたままで光だけが感じられる。意識はある。いろいろ考える。どういう手術をしてるんだろうか。これでもし死んだら、いまプチンとか言って目の前が真っ暗になるんだろうか。いや死んだらそれすら分かるわけがないか。何もない普通の日に、例えば病気で死んでしまうこととか考えると怖いものだが、こういう時はなぜだか「はいそうですか」とさらっと流してしまう。そんなものか。
 尿をだらだらと流し続けている感覚を覚える。うわあおしっこ出てるんじゃないのこれ。と思うも、あとから考えたら尿道カテーテルをしているのにそんなことになるわけはない。実際にはそれは血液だった。下半身に液体の流れを感じるくらいに出血していたようだ。
 鼠径部をプチプチとホチキスで止められている感覚がする。何かで縫われている感覚がする。あ、そろそろ終わりそう? と思っている。
 先生が「じゃあいったん帰ります」というのが聞こえる。えっ。もう帰れるの? 救急車で送ってもらえるの? と思う。そんなわけはない。単に先生が家に帰るだけだった模様。何も分かっていないことがよく分かる。 
 手術が終わったみたいだ。そのままICUに運ばれる。と言ってもそこがICUであることなどその時点では分かっていない。

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