心臓日記第2部 その3──ICU、通常病棟、退院

 夜が明ける。前回のICUと同様、スマホのインカメラを使って頭の後ろにある計器の数字を見る。血圧が上は80台なのに下が30台だった。低すぎる。しかし特に自覚はない。熱も37度強が続く。平熱が低いので普段かぜをひいてこの体温だったらもうしんどくて仕方がないのだが、この時はまるでどうでもないのが不思議。意識ははっきりとしている。
 昼過ぎにバルーンを抜きに先生方がやって来る。たしか4名。前回インペラを抜く時は大掛かりだったのだが、今回は局部麻酔だけで抜けた。あっという間だった。痛みはなかったが出血が多かった。
 そのまま30分は傷口を強く押さえていないと血が止まらないので、ひとりの先生に押さえてもらってずっとそのままだった。その30分は案外早く過ぎた。その後太いテープで足腰をぐるぐる巻きにされ、がっつり固定される。そのまま6時間は動けない。つまり手術開始から34時間、身動きが取れない状態である。そしてごはんもまだ食べられない。
 6時間後テープがはがされ、やっと自由に足が動かせる。これは楽だ。前回はこうなるまでに4, 5日かかり、拘束が外れても体がボロボロなのでベッドに座ることすらできなかったが。
 そしてその夜に待望のごはん。まる48時間ぶりだった。
 ICUにいるとは言え体のダメージはほぼないので、昼間はYouTubeを観たりイヤホンで音楽を聴いたりしていた。財布とスマホと鍵だけを持って救急車を待っていた前回とは違い、今回はその辺の準備をしていた。聴くのはラッシュ「シグナスX-I 第2巻」18分、イエス「危機」18分、ELP「悪の教典#9」30分などの長尺もの。時間はいくらでもあるのにストリーミングで新しいものを聴くでもなく散々聴いているものを聴いてしまう。

 ICUはその次の日の朝に出られた。結局2泊3日だけだった。車椅子でもとの病室に戻る。血圧もかなり普通になっている。
 右手首の針を抜く。そして昼過ぎには一番つらい尿道カテーテルを抜く。もちろんいつもの激痛だが、時間は一瞬だった。抜く時はだんだん時間が短くなってきているように思うのは気のせいか、慣れか。
 前回と同じ先生がリハビリに来てくれる。前回とは根本的に状況違うので普通に歩けるが、寝倒しての起きたてなので足がおぼつかないのと、心拍数が早め。でも血圧がまったく下がらないのがすごい。前回はそれで苦労したのに。少しでも良くなっているのだろうか。
 その後昼間もずっと寝ていて、何かの用事で起こされるパターン。これも前回の前半とは大違い。

 次の朝には更に気分が良くなっている。二回目のリハビリ。前日よりはかなり長い距離を歩く。体力は前回入院時とは比べ物にならないとは言え、2月頭から3ヶ月半かけて回復してきたものがやはり少し揺り戻された感じがある。
 看護師さんはシフト制だ。よく覚えている人もいれば、声をかけてもらっても覚えてない人もいた。これは前回、自分がどういうステータスの時に来てたのかに依るんだろうか。最初の頃のぽわぽわの時だと記憶にないとか。逆に向こうはよく覚えてるなあと感心する。患者さんいっぱいいるのに。

 6日目に退院できることになった。思っていたより早かった。確かに身体的には(手術疲れはあるけど)問題ない気がする。
 退院前日の夜、今回バルーンを取ってくれた先生にいまの心臓の状態を詳しく教えてもらったら、思っていたより深刻だった。とはいえ別に余命何年とかではなくて、冠動脈の状態がややこしく、治療しづらくなっていた。なるほど、そりゃ最低あと一回、下手すればあと二回手術が必要かもしれない。そしてやはり心筋梗塞は「治る」というものではない。「ひとまず血が流れるようにしときました」という処置だ。治ったフリをさせているだけだ。だけどこれをやっておけば心筋梗塞はもちろん、狭心症や心不全や、あらゆる心臓疾患の予防にはなるんだと思う。だから心筋梗塞なんかになる前に早めに気付いて早めに処置すべきだ。

 そして次の日、朝一で退院。二回目なので慣れてはいるが、週末なので通常窓口が空いておらず、また退院も前日遅めに決まったのでいろいろ揃っていない。退院は平日にすべし(そううまくはいかない)。
 古い友達が車で迎えに来てくれる。家まで送ってくれて車を駐車場に止め、一緒に昼食を食べに行く。中華料理屋でレバニラ炒めを食べた。油ギトギトで大量だったけれど全部食べられた。食欲はある。
 今回は病院でシャワーを浴びれなかったので5日ぶりのお風呂(洗髪は一度してもらった)。前回退院時とはまるで違い、ふつうに入れる。前はやはり体力の消耗が半端ではなかったのだなと思う。今回のICUでは酸素も吸ってなかったし。血圧ももう下60台まで復活。
 家でゆっくり体を見ると、今回管とバルーンを入れた鼠蹊部の傷口はとても小さな穴だった。インペラの時は5cmほど縦に切られていた。そうでないとあの機械は入らないだろう。そりゃしんどいはずだ。その他、太ももに何かを止めた小さい跡がいくつか。ホチキス的な何かで縫われていたのかもしれない。その左鼠蹊部、左腿、そして針を入れていた左右手首が黄色くなってきている。内出血みたいなものか。普通にしていると何もないが、ふと何かが触れると痛い。

 予定よりも伸びたとは言え、6日間で退院できた。あの想定外の処置がなければもっと短く、かつ楽だろうなとは思う。


 第2部終わり

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