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心の浄化のためのiPad手書き

Amazon primeデー、Rakutenお買い物祭り、オフラインのショッピングモールのセール。
今週は世の中のあらゆる所でセール期間だったようで、夏のボーナスの使い道を無計画にしていた人々の所有欲を確かめされましたね。
私も今週はまた本を購入し、iPadで自分なりのメモを残しながら頭の中での空想建築をはじめました。

ストレス発散方法には「発散系」「浄化系」、「動的」「静的」の2軸で分けることができると言います。最近お会いした中国の方の趣味は「書道」で、書道は浄化系、静的な種類のストレス発散方法に位置付けられるものです。
久しぶりにApple pencilを握って、メモを書き下ろしておきながら、私もこの「書道」ならぬ手書き作業自体がもたらす心の落ち着きや出来上がったメモという成果物がかなり気に入りました。片手が痛くなるほど強く鉛筆を握っていたのも遠い昔。社会人になってからはパソコン作業でなおさら手書きをすることが少なくなっていたので、今回手書きをしながら気づいた3点を述べようと思います。

ドリップコーヒー職人のような、丁寧なインプットの質

やっぱり手に何か握りながら時間をかけて読む・書くものと、大きな画面でマウスやキーボードでスクロールしながら読むものでは大分インプットの質が異なると言うのも気付きました。ブルーボトルコーヒーさんが丁寧にゆっくりと時間をかけてハンドドリップコーヒーを淹れるものにこだわり、コーヒーの香りと濃度を十分引き出せるようにしているように、私たちの日常でもこういう「時間に構わず、ゆっくりと目の前の単純作業をやる」ことは質を高めるという意味でも共通して良いなと。瞑想のように、今現在に集中することができました。

自分の日本語の書き方に間違いがあったこと

中学生の頃にひらがな、カタカナを学んで、そこから日本に住み始め10年以上経っているのですが、自分の日本語の手書きカタカナをiPadが認識できないことにビックリ。「キ」とう字を書く時、縦の線から書いて横線を書いていた私の文字をiPadはいつも「メ」と変換するのでした。自分の人生の半分ほどを間違った書き方で通して生きてきたとは、よくも隠れていた癖。
外国人の私に日本語はもう慣れていながらも「絵」のようなものでして、「ミ」のが右肩下がりとなっていることに気付いたのもつい2−3年前です。(右肩上がりだと勘違いしていました。)

手書き文字からは「大人」と「信頼」が感じられる

まぁ、上記のような状態の外国人でも日本語検定1級は取得できます。社会生活の実践的にも日本語の漢字はパソコンや携帯の予測変換で適当に選んで使えれば良いため問題なし。また、たまに日本語ネイティブの日本の方々でも画数が多い漢字は書けないことがあるので、そう時は「書けないのは私だけではない」とホッと安心する外国人の自分がいます。

過去TVのCMでユーキャンのボールペン字講座の広告ながれていたことを覚えていますが、その頃大学生だった私は「子供の書くような練習帳にボールペン字を練習する程、暇な大人は誰だ」と思っていたこともありました。ですが、社会人になってオーガナイズされた字を書く方を見ると、これぞ本当の大人!まるで芸術家!と思てきたりもして憧れ。自分の日本語漢字はまるで幼稚園児が描いた落書きで、漢字の一画がなかったり。私が幼い頃から学生の頃まで何度も何度も書き下ろしていた韓国のハングル、英語なら、褒められるほど大人げな字が何倍速で書けるので、絵心&書心がまったくないのではないはず。きっと日本語もたくさん書く練習をすれば整理されて大人げな文字が書けるようになるにでしょう。

人は間違えながら、足りない部分を気付いて、成長して行く。
自分の手書き日本語の間違いや下手さにちゃんと気付けて自覚できたのが
まだ30代でよかったです。




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