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錯覚を楽しむ

ミステリ小説が好きで良く読みます。日本の作家が多いですが最近はちょこちょこ海外の作家も読むようになりました。文体や話の展開の仕方が日本のそれと違うので刺激として新鮮だなと思ったからですね。ミステリの不思議なところは「騙される事」が楽しい事なんです。普通は騙されたら悔しいのに、むしろ騙されるために読む。なのでこちらもさあ騙してみろ、簡単には騙されないぞ、と覚悟を決めて読むわけです。上手く騙してくれたら良作、途中でこれはとバレてしまうと不発となる訳ですね。勿論犯人探し以外にも面白い話はいくつもありますが、いずれにしてもこちらを錯覚させてくれれば、それは良い作品になるわけです。そう考えると不思議な話ですよね。こちらも手練てくると色んな手法が分かってくるので騙されにくくなります。それでも上手く騙されたい、そんな思いがあるから読み続ける分けですね。最近はオビ(文庫に巻いてあるあの紙です)に『最後は号泣必至!』とか書かれるとそれはもうネタバレなのでは?と思ってしまうくらい末期だったりします。

さて、模型となんの関係があるのかなと云う話ですが、模型も「騙される=錯覚をする」のを楽しむ趣味だなと思ったからです。騙すのはそう、貴方の頭です。アニメが好きな人がその作品の舞台となった地域に行ってそのアニメの世界観を肌で感じようとするのと同じように、モデラも飛行機を見て本当に飛んだらこうなるんだろうなと飛行機の模型を作って錯覚する。アニメを見てロボットの模型を作ってこの機体は本当にあったらこういう機構なんだろうなと錯覚する。錯覚を遊びとして楽しんでいるわけですね。ベテランモデラほど経験と知識が邪魔をして騙されにくくなるあたり、先にあげたミステリ愛読者と似ています。こんなものじゃ錯覚出来ないぞ俺は、となる訳です。現実にあるその記号を拾うことで現実には無いその世界観に没頭する訳です。倒錯と云っても過言では無いかも知れませんが、人間の想像力の素晴らしさがそこにはあります。押井守が都会で高いビルを見ると、どの角度から爆破されるのがいちばん綺麗に崩れる事が描けるかと考えるのと同じですね(同じか?)。

リアリティは現実感と訳されがちですが、どちらかと云うと嘘とか錯覚の方が近いように最近思います。現実に対してどれだけリアルに錯覚出来るか。模型を作って、見て触れて、頭の中では自分の化かし合いをしてる訳ですね。上手く騙されるととても楽しい。素直な心で、折角ですから錯覚を楽しみましょう。


バーチャルアイドルがもしリアルにいたら……

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