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『スパイ百貨店』前日譚01


マミヤ「本日は桃源百貨店にお越しいただき、誠にありがとうございました。当店はただ今をもちまして、本日の営業を終了させていただきます。またのご来店を、心よりお待ちしております」


夜8時、閉店間際まで賑わいを見せていた桃源百貨店にも、ようやく静けさが戻る。


マミヤ「やっと退勤だ~! 俺よ、初出勤お疲れ~」
マミヤ「時給につられて始めたバイトだけど、やっぱり高級なデパートって肩凝るなあ。帰りにつけ麺でも食べたい気分。今から出てこれるヤツ、いるかな。あとでグループにメッセ投げてみよっと」
ユリト「さっきから何をブツブツ1人でほざいている」


誰もいないはずの室内に声が響き、俺はびくりと身体を震わせる。


ユリト「おい、貴様か。今日入社の新人とやらは」
マミヤ「あ、はい。えっと……。たしかスーツ売り場の常磐さんでしたよね?」
ユリト「何をモタモタしている。脱出だ」
マミヤ「はい? 脱出? 言われなくても、今日はもう退勤なんで……」
ユリト「チッ。もういい。時間がない。行くぞ」
マミヤ「いや、なんの話っすか。俺、今日初出勤なんで分かんないことばっかり……――」
ユリト「ああもうやかましい。どうして俺がこんなケアをせねばならんのだ」
マミヤ「はぁ? なんすかあんた……――」
反論の言葉を言い終わるかどうかのタイミングで、エレベーター内に轟音が鳴り響く。

同時に、俺の身体は強い力で引っ張り上げられた。
自分の身に何が起こっているのか、さっぱり理解できない。しかし、対象的に、俺の身体を抱えている紳士は異常事態にも関わらず眉ひとつ動かすことはなかった。こいつ、おかしい。


マミヤ「……なんすか。この状況」
ユリト「ええい。ボーッとするな。行くぞ」
マミヤ「行くってどこに……?」
ユリト「シークレットサービス案件が発生したぞ」

“シークレットサービス”

俺は面接で耳にした聞き慣れない単語を思い出し、ハッとする。


マミヤ「まさか……。あれってマジのやつだったんすか? ネタじゃなくて?」
ユリト「まったく。こんなマヌケを寄越すとは、外商部の嫌がらせもここまで来ると看過できんな」

爆発と同時にエレベーターのワイヤーロープに粘着させたであろう得体のしれない何かを使い、スルスルと降下してゆく。よく見るとネクタイだ。
地上に着くなり、俺はぞんざいに床に叩きつけられた。重厚な扉が開き、視界が急激に明るくなった。

誰か、いる。

ヒカリ「ユリト様、おつ~♪ ギリ間に合ってよかったねえ~。で、その子が例の新人?」
ユリト「ああ。外商部が手配した小僧だが、どうやら何も聞かされていないようでな」
ヒカリ「ユリト様、ほんとナグモに嫌われてんね」
ユリト「好き嫌いなどくだらない。ヤツの非合理的な性格は、組織にとって不利益でしかない」


(続く)

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