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松井江、あなたは来た(2020.1.29)

 去年から何度か手帳に書き留めた言葉。心に繰り返した言葉。
 松井江、いらっしゃい。
 先の1月23日夜、ミュージカル刀剣乱舞「歌合乱舞狂乱2019」大千秋楽のライブビューイングで目の前のスクリーンに顕現したその姿に心から思ったこと。
 よく来てくださいました、松井江。

 自分が生きていることにハッと驚くことがある。人生の本番が既に始まっていることに驚き、過ぎ去ってしまった時間を振り返って愕然とすることが。そして時々は、今目の前の時間が自分のものであり、己の選択で次の一歩の行き先を決め得ることに清々しい気持ちになることが。
 人生における思いもよらない事態。自分以外の、周辺世界、遠い世界で起きると思っていたことが己の身に起きていると自覚した時、私は往々にして恐怖し、思考が止まる。受験すること。就職すること。馘首されること。音楽の世界に携わること。チケットノルマ。石もて追われること。またあるいは、一人で飛行機のチケットを取り搭乗すること。去年まで名前も認識していなかったまちへ一人行くこと。あなたに会いに行くという喜びと共に。
 そしてこれもずぅんと重たい衝撃だったのだ。重低音すぎて音とさえ認識されない低く重い震えが私を揺さぶり続けた。
 己が生まれ、育ち、今も生き続けるこの市に所縁を持つ刀が「刀剣乱舞-ONLINE-」という大きな市場と世界観を持った作品に登場すること。
 松井江の実装が発表された時、私を襲ったのは喜び以上に驚きと混乱だった。
 私は何も知らない、語ることのできる言葉が一言とてない。
 私はあなたの存在さえ知らなかった。
 だが、あなたは来た。

 私はこの市に住んでいることを特別だと思ったことがない。
 様々なことが当たり前であり、特別なことではなかった。城址が石垣も堀もあんなにしっかりと残っていること。その中に神社があること。お城に誰かが住んでいた時代のお茶室や庭が街中に残っていること。何もかもが当たり前のことだった。
 当たり前のことすぎて、一国一城というセオリーから外れていることさえ大人もまあそれなりの齢になってから認識したような気がする。つまり八代市が八代宮の参道の案内板に「一国二城」という文字を掲げてから。
 当たり前だと思っていたから、知っているつもりでいてその実何も知らなかったのだ。目に映るものの形も意味も見えていなかったのだ。
 刀剣乱舞の世界に松井江が顕現して、ようやく目が明いた。
 私は何も知らないぞ? 一国二城って何がどうしてそうなった? 松井家は八代の「殿様」じゃなかったんだ!
 ……去年、八代市立博物館が「ザ・家老」っていう特別展をやりましたがな…家老だよ……。

 と言う訳で勉強中と言うよりも勉強を始めたばかり。波打ち際にようやく立ったところで、知や歴史の大海は眼前に広がっていて、まだ混沌に近い。
 それでも地元というメリットを生かして波打ち際を駆けてみた。地の利とは言ったもので、ありがたいことに休日の午後買い物ついでに出かけても訪ねることができる。そして標は、先人先達の手で幾つも残されていた。なので闇雲に海に飛び込んで溺れ打ち上げられることなく済んだのである。
 紹介と呼ぶにもおこがましいですが、初心者が歩いてみて「是非ここへ」と思った所を幾つかご案内させてください。

【八代市】
 手始めに八代という土地から。
 場所は九州のおへそ熊本の中央より南寄り。
 松井江関連でご案内したい場所は八代城址周辺に固まっています。
 最寄り駅は新幹線停車駅の「新八代駅」とJR在来線・肥薩おれんじ鉄道の「八代駅」。どちらも市街地からは離れている為、以降はバスやタクシーなどの足が必要。(バスはあまり期待しない方がいいと思う。)
 今ちょっと調べてみたら、まだ市街地に近い「八代駅」にはレンタサイクルがある模様。JR在来線の駅舎の隣、肥薩おれんじ鉄道「八代駅」にて9時~17時、1日500円で貸し出し。個人的所感としては、八代城址周辺なら普通にいける距離。10分くらい?
 自動車利用なら、高速道路八代ICから八代城址周辺まで10分程度。

【八代市立博物館未来の森ミュージアム】
住所:熊本県八代市西松江城町12-35
HP:http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/museum/index.jsp
開館:9時~17時(入館16時半まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始
観覧料:おとな310円、高大生200円、中学生以下無料
駐車場:あり

 八代城址周辺に到着したら、まずは博物館からの出発がよかろうかと思います。
 松井家と八代の概要が分かる場所。細川家の家老を務めた松井家がいかに八代にやって来たか、そして何をしたのか。松井江の元主・興長が藩主がお相撲さんを雇おうとするのを止めたり浪費を諫めたりという、松井江と一緒に万屋に行った審神者なら「あっ」と察することのできるエピソードをご紹介中。
 八代城の模型地図もあるので、博物館を出てからの巡礼経路や地理的把握にもぴったり。
 運が良ければ常設展の金工のコーナーに肥後鐔や肥後拵が展示されているかも。と言うか、2020年3月22日までは「肥後拵の魅力分析」という展示が行われています。松井江が用いている肥後拵のような格好いいのが展示中。
 公式のtwitterでも紹介されていましたが、過去の特別展の図録も販売中。松井興長について知りたいなら『ザ・家老 松井康之と興長~細川家を支え続けた「忠義」~』。『もののふの美と心~八代城主・松井家の刀剣と刀装具~』には松井家にあった時代の松井江の拵が収録されています。

【八代城址・八代宮】
住所:熊本県八代市松江城町7-34
駐車場:あり(御堀の周辺に数カ所)

 「八代宮」読みは「やつしろぐう」。八代神社ではない。八代神社は「妙見さん」や「妙見宮」と呼ばれる別の神社なので、タクシーでうっかり「八代神社」と言うと郊外に連れていかれてしまう……。
 とは言え、八代城と呼べば絶対に間違わずここへ案内されるし、もしも八代市立博物館などを先に訪れたら、ともかく街中のこの付近へ近づいていたら間違うことはない。石垣と堀があるもの。博物館から見えるもの。
 そんな訳で堀にかけられた橋を渡り石垣の内側に入ると神社がある。お城時代に本丸がどこで櫓がどこにあったと言うのは八代市立博物館に詳しいので、そこで何となくどこに何があったか把握した後で行くのがよいかもしれない。枯山水なんかは今も残っている。
 個人的には、松井家は能を能くしたとのことで、能舞台のあった場所を先日しみじみと眺めました。「歌合」を見た今では、その松井江が能面をつけ錦の衣裳を纏って現れたことに泣きそうになっております。
 桜の時期に来るのもおすすめ。御伴機能で松井江を里帰りさせてあげてください。

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【松井神社】
住所:熊本県八代市北の丸町2-25
駐車場:あり(後述の松浜軒駐車場を利用)

 八代城の北側、御壕と道路を隔てて目の前にある小さな神社。かつてはそこも八代城内でした。先述の博物館で模型を見てみますと、今も残っている御壕は内堀だったんだそうでございます。
 神社に祀られているのは松井江の元主、松井興長とその父の松井康之。
 境内の茶庭には細川忠興が自ら植えたとされる臥龍梅があなたと御伴の歌仙を待っている。いや……本当に待ってると思うよ。中九州はそろそろ梅が咲き始めました。
 個人的な想い出を少し喋ると、今年1月のはじめ頃、御伴機能で松井江に里帰りをさせようと出かけた時、鳥居をくぐったら茶庭の池にふわっと白鷺が舞い降りて、ああ、松井江が歓迎されてるなあ、よかったねえ、と偶然の力に感じ入ったものでした。あと猫には基本塩対応されるのに、ここでは猫が近づいてきたり、ゲームを起動して「里帰りだね」と独り言を言っていたら神社に人影っぽいものを見たり。
 春季大祭が3月18日、例大祭が11月23日とのことなので今年は行ってみたい。

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【松浜軒】
住所:熊本県八代市北の丸町3-15
開園:9時~17時(入園は16時半まで)
閉園日:月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始・旧盆
観覧料:一般500円、小中学生250円
駐車場:あり(道路を挟んで向かい側、八代市立図書館の隣)

 博物館から出発すると、八代城址、松井神社をぐるっと回ってまた博物館の前に戻って来た形。このルートは単純に、自分が昨年末から今年はじめにかけて巡った順に思い出しながら書いているものなので、博物館を出てすぐ目の前のこちらを尋ねてもなんら問題はなし。
 ここもはやり八代城現役時代の敷地内。三代目城主の松井直之が母のために建てたお茶屋なので、おそらく松井江が八代を去ってからできた茶屋と庭。けれど庭園の池や森はもっと古くからあったらしくて、木陰に入れば松井江も懐かしさを感じるかもしれない。
 何といっても庭の美しさが見どころ。春は桜、藤に杜若。夏は花菖蒲や睡蓮。秋は彼岸花に萩、と四季折々の化粧をする庭だが、花菖蒲の時期が一番おすすめ。特別に花見の茶会も開かれるとのこと(花菖蒲鑑賞古流茶会、6月第一日曜日)。
 冬は冬で侘しくっていいです。冬の夕暮れ、閉園間近に滑り込み、古い森の息づく庭をさまよい稲荷神社の前に出た時の心臓の動悸をご想像いただけるだろうか。
 敷地内には松井家伝来の品々を展示する建物も二カ所あり。茶器とか道具は松井家の人々が手にした道具、いわば松井江の同僚ですからね…。私はあの装いの松井江がお茶をたてるのもありだと思います。

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【春光寺】
住所:熊本県八代市古麓町971

 最後は、ちょっとオマケ的に松井家の菩提所、春光寺を。
 さすがに郊外なので、レンタサイクルで是非!とお勧めすることはできない。自動車の場合も細い道を行くことになるので、なにがなんでも!とは言えないけれど、球磨川を上流へ遡り、両側へ山の迫り始める静かな田舎、そこから下流へ八代を見下ろすのは長閑でそれなりにいい景色なので、時間と心に余裕があれば。
 臨済宗南禅寺派の末寺。松井家歴代の眠る古廟があるのだが、前回お伺いした時は門の内側にちょっと入っただけで怖かったので(既に日没を迎えようとしていた)、境内をどの程度見学させてもらえるか不明。あちこちにある句碑を読んで、お参りして、その日は辞しました。
 気に入って書き留めた句はこちら。
   人聲も絶えて一山蟲浄土 花盾
 紫陽花の季節がきれいらしい。知らなかった…。建物の一部には八代城にあった建築物が移築されている。瓦屋根を見てみると、軒丸瓦(瓦の端っこの円形の部分)に細川の九曜文と松井の三ツ笹文が並んでいるので、松井江の紋を思い出してはエモい気分になれる。

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【今後行きたい場所】
 原城跡ですね、島原……。
 天草島原の乱も、今まで普通に社会科の勉強で知ってると思っていたけどまったく全然知らなかった。『葉隠』に端を発し佐賀・長崎を中心とする肥前九州の歴史を調べている時も、概要は知っていると思って深く調べてこなかったので、うん、そうだな、これは知るタイミングが今巡って来たと思おうじゃないか。
 松井江が自分を理解してくれる相手として豊前江の名を出し「あとは…」とその先を内緒にしたけど、そのたび尋ねてしまうのだ。
「それは天にまします主のことですか?」
 キリスト教信徒の血を吸って功績を得た自分だからこそ、キリスト教の敵の姿となり、己の血を流すことで罪を贖っているんだろうか、松井江は。

 八代も、もしかしたら見落としている部分があるかもしれない。
 歴史や存在の証拠を捜そうとしたら博物館と、もう一つは郷土資料を持つ図書館のはずだけど、指定管理になってからこの図書館をあんまり信用していないところがある。いいや、図書館を指定管理に出した八代市をこそ信用していない。できなかった。
 何か盛り上げてほしいけど、一過性のイベントをしてほしい訳じゃない。
 ここを訪れた人が松井江の付喪神や元主が目にしただろう風景を見たり空気を味わったりして、いい旅だったと言ってくれるのももちろんだけど、この市に生まれた人間が、この市で生きている人間が、自分たちはいい所に生まれたと、こんな所が誇れて、こんな所が好きだという心を育めるような、そういう市になってほしい。
 私は多分ずっとこの市がきらいだった、多分。地元に住んでいるから嫌な面ばかり強調して見て、そこばかり記憶に残してきた。松井江はそこに射した光の一筋でもある。私はそれまで試みたことのなかった、過去の記憶を全て横にどかして、この市に何がありどんな歴史を持っているのかを見ることをした。そして、愕然としつつ驚いているところ。
 好きになれるものがある。愛して、繋いでいきたいと願えるものがある。
 あのねえ、肥後鐔っていうものがそんな有名なものなんだなあと実感し始めたのも去年のことなのに、更にはその名工が八代で活動してたなんて私知りませんでしたよ。言って。教えて。確かに義務教育時代にそれを習って覚えていられたかと言われたら自信ないけど、八代神社の妙見祭が旧日程で行われていた頃、半ドンの学校の授業で妙見祭について習ったこと、今でも覚えてますよ。
 良いものも、ただ放っておいては触れ得ない。良いもののことを知る人がいて、語ることのできる人がいて、それを知りたいという潜在的な人々に繋がってようやく道が繋がる。この土地で知る人、語り得る人の育つことこそ私は求める。

 松井江の実装が発表され、何も知らないとショックを受けたことを「よかったこと」として覚えておきたい。一時期はイベント「秘宝の里」を走り抜けるのを諦めかけた。手に入れねばと望むそれは意地か蒐集の執着かと自問もしたけど、彼が顕現したことは何より歓びだった。
 この世に在ってくれて、ありがとう。顕現してくれてありがとう。
 来月は会いに行く、静岡まで。

 ところでミュージカル刀剣乱舞、春の新作が3月末から始まりますね…。
 松井江の熊本凱旋(概念)を出迎えることのできる日にチケットが取れたので今から再び筋トレ頑張ります。

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