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からしいろ

鉄のベッド
あたしのかわりに生きている
あなたのようになりたいあたし
もっと想像が及ぶかぎりに感じとれるかぎりの女というものを心に浮かべながら夢うつつで泣いていた
胸元を広げてこんなにやりきれないと
払いのけられない

この鳥が売られていくときに、うちの肩に止まったんよ
海へ放してやると世の末までたましいが帰ってゆく気がして
「帰れ、帰れ、故郷へと」と声をあげていく

棄てられたあたしはゆくところがない
青いおだやかな光の中で帰るだけで十分だった。
海をわたる女がそのことばにさわっていたいと思う深さが、なにげない顔で投げいれる孤独の汚辱がうすれるまで

それがよごしてしまうならみんなの前でうちこわして
この世の闇が無くなったように乗りこえて
みんなすべて悪ういうてもほったらかしとく

洋子のするがままに身なりをととのえて、送りだして手をふった。
あかあか電灯がついている下の表情も明るくととのえていた
日がたつのにしんとした畳の光が声を殺して
「電燈つけて、ね、そうしたら行くわ」

立派な靴を買っているのに、ちがう色に染めてと可笑しそうに眺めて
「こんな色の靴誰も履いてないんだもの」と
世間に見せるものを無暗に暗影をなげてみる

ふと触れた手があたたかく、おろしかけた自分の手の冷たさにびっくりした。自分の掌の冷たさのほうが異様にほの白く、灯りを消すと血の滴が無情に透けてみえた

特別のあたらしさを感じない
あたしの顔は生きていた、その生気に笑ったのだ
何度もからだに服を合わせては動かない服装を離れて眺めている
挨拶を省いて周囲と逢う時に日常の時間がはじまる
小説の言葉が失われると思い込んでいる
わたしは深い意味なんかなかった
運命を左右する覚悟で暗い眼でみおくる
地上にいる。ひろわれた唇にとりのこされた言葉
「お帰りなさいっていうの、あたしのほうじゃない?」
遠い景色の不思議へ近づくために行けそうもない石段の奈落を歩くかすかな声 
家の窓からたどたどしい脳髄の感覚器官と
単純な感情がつづいていく

見知らぬ町から道は曲がりくねって背中に銃を向けられたように暗い悲鳴がかすれ声で
もれてゆく
まぼろしの涸れた昼にたちのぼる光は苦しく夢も除かれた
わたしを撃つ者にどのように憎むのか寛容のおわりを知り、わたしと堕ちていく海を鉄条網で閉ざすのだ
わたしを永遠にだます言葉を溶かして、笑いながらまぶしい目眩の中に恋人たちを
永遠の名ではない恋人を
裏切らずに愛そうと、きこえない哀しさを
ひそかに唄っている

みえるものは、全て狂わずにはいられなくなる
しみじみと通りすぎる時のざわめきと空漠がきこえたりする
いやしくも、美しくもなくおびただしい無駄であるみにくさを祭壇の下賤ななまなましさで凌辱してはたえまない動揺に舌をだして、きこえない音楽に眠っている

白いつかのまの橋で
燃えていく私の冬の欠片
わたしの心臓はあのとき一部死んだのだ
透き通った眼鏡の下でねじきれて










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