PEが教えてくれた企業変革のポイント

最初に

私が2年間の北米へのMBA留学を経て、選んだ就職先はPE(プライベート・エクイティ)だった。PEファンドの詳細は、以下のリンク先でよくまとめられているので、詳細説明は譲るが、簡単に言うと、銀行や生保・損保といった機関投資家のお金を預かり、その資金で5年前後の間に10社程度の企業を買収。基本は各社50%を超える株式を持ち、経営陣の強化、積極的な事業投資や事業の強化を行うことで企業を変革し、5年程度の保有期間を経て、最終的にその企業を第3者や株式市場に売却することでリターンを得る。

私がMBAの後のキャリアでPEを選んだ理由は、すごく丸めると、将来自分自身がプロフェッショナル経営者になるため。特に(1)投資先の経営変革期における戦略立案と実行の経験ができる、(2)同時に複数の投資先に関わることができ、投資先の社長の経営スタイルを複数見ることができる(3)日本の本来ポテンシャルを持っている企業の企業再生・強化に主体的に携わることができ、社会的意義も大きい、と言う点を魅力と感じていた。

ちなみに、PEファンドで働くために求められる準備は以下のツイートに記載してある。

私自身は、3年程度のPE勤務を経て、2020年3月にPE業界を離れて、ベンチャーの世界に飛び込んだ。このタイミングで、自分の中の整理を兼ねて、PEでの経験から得た経営改革に関連する5つの学びを、以下に纏めたいと思う。(PEを離れた理由は、自分が学んだ経営力を通し、今後50-100年と世の中に大きなインパクトを与える会社を作っていくプロセスに直接関わりたいと思ったからだが、詳細は長くなるので、近々別のブログを書く予定)

1. 企業カルチャーは希薄化しやすいし、劣化もしやすい(ので大事)

前職のPEで私は、創業50-60年を超える複数の会社の企業改革フェーズでの投資を担当していたので(PE自体、事業改革が求められる企業が投資対象となるので、この手のターゲットが多い)、各社経営陣は創業者の2〜3代目の世代であるケースが多かった。各社が創業者の築いた素晴らしい企業理念を持っていたが、数十年に渡り経営陣の継承を繰り返したことで、そうした企業理念やカルチャーが徐々に薄まってゆき、組織の末端まで十分に浸透していない状況になっていると強く感じた。(結果、会社の中で世代間や部署間の分断をよく見かけることがあった)

実際J&JやNetflix等、多くの世界的な企業が企業理念やカルチャーの大事さを強調し、それを維持するための様々な施策を打っているが、改めて(特に経営者の継承フェーズを何度も乗り越えて)カルチャーを維持することの重要性と難しさを、こうした50-60年前の先輩企業を見ることで気づかされた。

経験を通して、(PEが株主として入り)企業改革を推し進めるフェーズでは、まずこの「企業カルチャーの修復」を何より優先して行うべきと思う。企業カルチャーの修復より前に、他の業績改善の(事業面の)施策を走らせるケースも見たが、この企業カルチャーの再構築を通した社内の一体感の醸成無くしては、施策実行のスピード感や達成確度が劇的に変わる(結局、どんな完璧な戦略プランもその施策を実行するのは一人一人の現場社員になるので、このレベルでの主体性や納得感は実行力そのものになる)。企業カルチャーは言わば、人体における毛細血管のように組織における施策の実行速度を決めるものだと認識した。

ちなみにここで「カルチャーの修復」という言い方をしているのは、本来その企業の持っている経営理念の源流は変えず、それをベースとし、現在のステークホルダーを中心に企業のVision/Mission/Valueを再解釈・再定義する方が良いと考えているためである。(そうでないなら新たに会社を作って新たに事業をやる方が早いかもしれない)

さらに、企業カルチャーの(再)浸透は、社内で完結するものではなく、それ以外のステークホルダーに対しても同様に気を使う必要がある。取引先や顧客、地域といったステークホルダーからもその企業に対してのイメージや期待しているものが長きに渡り築かれているので、変革ステージにおいては、こうした社外のステークホルダーに対しても新しい企業の方向性をメッセージとして、明確かつ強くコミュニケーションしていくことが重要である。

2. 企業改革は短距離走ではなく中長距離走(で臨むべき)

PEの投資後には、前述の企業カルチャーの修復だけでなく、100日プランや180日プランと銘打ち、短期間の間に企業改革に必要な複数のPMI(post merger initiative/企業改革の為の具体的なプロジェクト)を実行する。PMIは、例えば、工場のオペレーション改善、新商品開発プロジェクト、新規工場建設プロジェクト、人事制度の変更、等、会社によって内容はそれぞれだが、どれも重要度や緊急度が高いものが選定される。

株主が変わり、社内外から企業が変わっていくことの期待感が高まっているこのタイミングで目に見えて変革を起こせないと、残りの投資期間で変革を起こすことは失望感とともに極めて難易度が上がる。ゆえに、このPMIを成功させられるかの重要度は非常に高く、株主であるPE側も投資先の経営陣も最もピリピリする時期である。

そうした期待感から、経営や従業員・ファンド担当は相当な覚悟で、昼夜問わず、時には週末も使いながらプロジェクトを進めていくケースも散見される。ただ、こうした初期に全力疾走を組織に強いることは必ずしも組織のためにはならない。初期はアドレナリンが出ていることが多く、組織と人が知らぬ間に疲弊してしまうリスクが高いからである(特に初期の取り組みがなかなか業績に結びつかないと、中から疑心暗鬼の空気も生まれ最悪である)。今後新たな経営体制のもとで5-10年、さらにはそれ以上企業を反映させていくことがゴールであるはずなので、あくまで中・長距離をしっかり完走できるペースで最初から取り組んでいくという感覚が極めて重要と思う。

3. 従業員のインセンティブは中身よりも説明が9割

企業の改革の確度を上げるには、企業の目指す方向性/ゴールと個々の役員や従業員のモチベーションを明確にアラインする(統一性を取る)ことも重要。PEはこのために、投資先の生株やストックオプション、持株会といった株式保有の権利を従業員に提供し、自社の成長がダイレクトに社員自身の経済的成功に紐づけられる形のインセンティブを提供する(いわば、名実ともに企業のオーナーシップ(≒当事者意識)を持ってもらう仕組み)。

PEの内部では、特に投資直後にこの制度設計(どの社員にどのような形態でどのくらいの株式を付与するか等)にかなりの力を注いで決めていく。そのくらい社員にモチベーションを持って働いてもらうことが企業変革の成功に大きく影響を与えると認識しているからである。

ただ、私自身が感じた実感としては、どう言う制度設計にするか(中身)以上に、その意味(=会社が何を成し遂げれば個人がどのようなリターンを得られるか)を丁寧に一人一人の社員が理解できるように説明することの方が10倍大事ということである。結局、スキームの複雑さが影響し、付与された本人が理解していない限り、モチベーションの向上や正しい行動を促す効果は得られない。(そもそも金銭的モチベーションよりも重要で効果的なものがあると思うが、長くなるのでその話はまた別の機会にでも)

加えて、そもそもこうした自社の株式に絡めたインセンティブ制度は、付与される対象者が実感を持って、自分の日々の行動が企業価値に影響及ぼせる、と思えるかが極めて重要である。企業規模が大きくなれば、一人一人が全社に及ぼせる影響度合いは薄まるので、個々へオーナーシップを持たせることへの難易度が上がる。

対応策として、可能な限り、企業全体のゴール達成が各部署や個人レベルの目標の積み上げになるように丁寧にブレークダウンしてあげることや、企業のKPIや戦略の方向性を全社員レベルまで透明性を上げてコミュニケーションを行うことで、社員一人一人の行動が、企業全体に影響を与えられていると言う実感を感じてもらうようにすべきである。

インセンティブ制度は企業のステージによっても最適なものが変化するので、飽く迄手段としての位置付けを明確化し、常に見直しをかけていくべきである。

4. 改革フェーズでは横断的PJとsmall winが効く

PEが投資した直後のフェーズにおける企業の組織課題としてありがちなのは、部署間のコミュニケーションが取れていない、いわゆる縦割り化やタコツボ化といった症状である。これは組織として本来持っているポテンシャルを大きく阻害する要因になることから早期の解決が重要である。また縦割り化に加えて、(特に外部から招き入れられる新たな)経営陣はやる気になっていても、その下の従業員が改革に対して懐疑的と言う(組織の世代間やポジション間の分断)のは頻繁に起こる状況である。

こうした状況を早期に打破する取り組みとしては、部署間を超えた連携を早期に強制的に作り出すことと、それを通して組織が早期にsmall winすることがが一番効果的だったりする。経営陣が部署間のコミュニケーションを増やせ、と指示しても従来のやり方に慣れている組織はなかなか変わらない。組織図を変えることも、むしろ短期的には組織に混乱や不平等感をもたらすので(やるべきであるが)即効性のある解決策にはなりづらい。

ゆえに、改革の初期に、(業績に対しるインパクトの大きさ等に拘らず)成功確度がそれなりに高い短期で結果が見える全社横断的プロジェクトをいくつか仕込むことが、組織の一体感を作る特効薬になる。なんだかんだ1つのプロジェクトで明確な目標設定をされれば、部署を超えた連携を自然と始めるし、そこで小さくても数字(結果)が出ると、組織は盛り上がりモメンタムが出てくる。

うまくいっていない企業には先ず結果を与える。結果が行動変容を促す。

5. 事業計画はストーリーで作るべき

最後に少しPEファンドっぽい話で締めたいと思う。

PEの(特に若手の)仕事の大事な(かつ非常に苦しむ)ものに、事業計画(いわゆる財務モデル/プロジェクション)作りがある。実はこの事業計画は、買収の価格決定のプロセスで最も重要な要素になることはもちろん、買収後も多くの場面で使われることになる。PEだけでなく、通常の企業における新規プロジェクトや既存部署の予算策定、ベンチャー企業における資金調達や上場企業の株主向け説明等でも事業計画が軸になるケースは多いと思うので、この事業計画に関する持論を述べる。

こんなことを言うと元も子もないのだが、基本、中長期で引く事業計画は絶対に当たらないと認識すべきである。つまり、これは未来を予想するような行為で何百ものasumption(前提)のもとに数字を作っていくので、その前提が全て当たることなんてあり得ない。にも関わらず、PEファンドの大先輩方は、この一つ一つの数字の積み上げにものすごい執念をかけて、議論をし、積み上げていく。最初は、私も無駄な作業、と感じていた部分もあったが、結論はこのアプローチの裏には、深い意味があるのだと理解した。

事業計画は「将来を正確に予測するためのツール」として使われるのではなく、「企業や事業の目指すべき方向性を正確に語る」ために使われるのであると言うことだ。

例えば、買収までのステージであれば、PEファンドの投資を決める投資委員会や借入を行う銀行に対して、「◯◯企業は、こうした成長余地や成長機会があるので、XXのプランで成長を実行に移していけると、投資チームは信じています」、と説明する際の裏付けとして事業計画が使われる。また、投資後も、新たに向かい入れる経営陣候補者とのインタビューや投資先の経営陣との成長戦略立案/実行のコミュニケーションの中で、事業計画が出てきて、企業として目指す方向性を伝え・議論してブラッシュアップして行く。つまり事業計画はどのステージにおいても、企業の方向性を語るコミュニケーションツールになる。

こうした利用用途を踏まえると、事業計画を作る際には、その数字をどう言うストーリーで説明するか、と言うのを最初から意識して作るのが良い。特に企業変革実行のストーリーの中核を担う部分の前提は特に拘って(意思を込めて)作り上げていくべきだし、ストーリーに余り出てこないところは(過去の横置き等で)シンプルにしておく方が良いかもしれない。なかなか言葉で伝えるのは難しいが、ストーリーとしての事業計画作り、というのは、私がPEで得た学びの1つである。

最後に

以上が、私がPEの経験で経た企業改革のポイントになります。今後、今携わっているベンチャーの経営等を通して、またPEの学びを振り返る機会もあると思いますので、もしかすると色々と思い出しながら第2弾を記載するかもしれません。もし感想やコメント、こういうことを知りたい等あれば是非お願いします。


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