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「NARA-Xの開拓者」大井千鶴が切り拓いた道(前編:引退の決意とラストシーズン)【インタビュー】

 今年3/14、NARA-Xアスリーツ(以下NARA-X)所属の女子マラソン選手・大井千鶴が引退を発表した。ラストマラソンとなった3月のふくい桜マラソンでは2位表彰台を獲得。今週5/31から開催される関西実業団選手権のトラック種目出場を最後に競技生活に終止符を打つ。全国的にも珍しい実業団型クラブチームNARA-Xの所属選手第一号にして、地元・奈良マラソンで3度の2位、北海道マラソン7位入賞などチームを引っ張るエースとして結果を残してきた彼女は、ラストランを前に何を思うのか―。

前編では、引退という決断に至るまでの経緯と、覚悟をもって挑んだラストシーズンの模様を振り返ってもらった。

引退の決意と奈良マラソンへの想い

「引退をはっきり決めたのは、2023年のシーズンに入る前です。実は今季限りにしようという覚悟をもってシーズンに入りました」

引退を決めた時期について問われると大井はきっぱりと答えた。自身が第1号選手として加入した当初は、仕事との両立や唯一の所属選手として結果を求められる重圧に苦しんだというが、加入から数年で仕事にも慣れ、NARA-Xの所属選手も大幅に増えた。傍目からはチームとしても個人としても上り調子に感じるが、本人にとっては少し違ったようだ。

「もちろん目標をもって活動しているけど、結果がでなくてもすぐにクビにはならないし、自分の希望でいつまででも続けられる。それは(NARA-Xの形態の)良い部分でもありながら、そこに甘えている自分もいた。このレースで失敗しても次がある、来年がある、また頑張ろう…みたいな。前向きで聞こえはいいけど、そこに甘えて、結局結果がでていない部分もあった。支えていただく企業や応援してくれる皆さんにも申し訳ないなというのがあって。この1年で駄目だったら、選手としては終わりにしようと決意を固めて、シーズンに臨んでいました」

NARA-Xアスリーツは実業団型ではあるが、本質はクラブチーム。チームを率いる大歳研悟監督「NARA-Xとしては辞めなさいとは言わないし、自分で決めろと伝えている」と言うように、選手個人に任される裁量が大きいのが特徴の一つでもある。そんなチームでで競技生活を送ってきた大井が、30歳という年齢的な区切りを迎えるにあたってたどり着いたのが「退路を断って、結果にこだわる」という覚悟だった。その覚悟を胸に、シーズンの目標を、ホームレースでありチームの悲願でもある奈良マラソンの優勝。そして幾度となく目標としながら到達できていなかったマラソンの奈良県記録(2時間35分05秒)の更新へと設定した。

「(2つの目標を)何とかクリアしたいと思っていました。逆にいえば辞めるぐらいの覚悟がないと、今年も達成できないなとも思っていました。正直記録が出た後の事とかは一切考えずに挑みましたね」

2023-24シーズンの激闘

そうして迎えた2023年シーズンは、10月に行われた地元開催の金沢マラソンでは2位ながら自己ベスト(2時間38分05秒)を達成。また目標の一つと語っていた奈良マラソンでは、沿道の大声援を背に、前年度10分以上離されていた当時4連覇中の山口遥を約1分30秒差まで追い詰め2位表彰台を獲得するなど、目標には届かなかったものの、その覚悟が見えたシーズンとなった。結果もついてきた中での引退に周囲からはもったいないという声もあがったが、大井の意思は固かった。

「奈良マラソンが大きい。辞めると決意しなかったらあそこまで山口選手を追い詰められなかった。ここで絶対に優勝すると思って取り組んできてのあの結果だったので…自分としても納得できるというか、『やっぱり引退は今』だなと思った」

正式に引退を発表して挑んだ競技者としてラストとなるマラソンレース。当初は3月上旬の東京マラソンを目標としていたが、1月末から続くコンディション不良から抜け出せず、これをスキップ。3/31開催のふくい桜マラソンを、引退レースに定めた。奇しくもインカレ初入賞を果たした地での最後のマラソンは、チームに創設以来初賞金をもたらすG3(日本のマラソンにおけるグレード)での2位表彰台という結果となった。

「自分としてもNARA-Xとしてもタイトルを、という意気込みで挑んだんですけど、若干の暑さや風もあって、1月からあまりトレーニングつめていなかった分、後半に体が動かなくなっちゃって…でもやることはやりきったと思います。途中で何もないところで転んでしまって、それも自分らしいなって(笑)」

いよいよ今週末ラストランへ

大井らしく笑顔で振り返った。いよいよ今週末には、NARA-X所属選手として走る最後のレース「関西実業団陸上競技選手権」(5/31~6/2ヤンマースタジアム長居)が控えている。

「どれくらいの人に応援にきていただけるかは分からないけど、自分は引退レースだからといって、簡単に終わりたくはなくて。競技者として最高の状態を作って、自分で言うのもなんですけど、かっこいい走りをしたい。みなさんの前でかっこいい走りを見せたいと思っています」

引退レースへのこだわりに、競技者としてのプライドを滲ませた大井。開拓者として、数奇なキャリアを歩んだ末に挑むラストレース。その結末を最後まで見届けたい。

⇓詳しい情報はNARA-X公式ポストをご確認ください。

〈プロフィール〉
大井 千鶴(おおい ちづる)
石川県出身。金沢泉丘高校を経て、同志社大学。2017年に「NARA-X アスリーツ」の一期生としてチームに加入。主な戦績は、2020~23奈良マラソン2位、2022北海道マラソン7位、2023金沢マラソン2位、など。

写真提供:NARA-Xアスリーツ

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