たまには自分のアーチェリーの話でも。
こんなことを思い立ったのは、まぁいい思いをしたからなのですが。
渋谷アーチェリーさんが開催しているSHIBUYA ARCHERY CLASSICでなんと優勝しました‼
20年超えのアーチェリー歴でもそもそも優勝経験がほとんどなく、今回のようなトーナメントでは優勝したことなかったので、自分でもビックリでした。
決勝戦の動画もアップされてるので、よろしければ
ご覧ください↓
もちろん「優勝した、嬉しいぜ‼」って気持ちなのですが、結果とは別にスポーツに対して新たに感じたことが多かったので、今回はそちらにフォーカスしてみたいと思います。
見てもらえる楽しさ
私のやっているベアボウは、アーチェリーの中でオリンピック種目じゃない種目です。マイナースポーツの中でもマイナー種目で、中々注目してもらえないのが現状です。
そんな種目でも、トーナメントの決勝戦では見てもらえる舞台を用意してもらえたりします。会場の中でこの一対戦だけが行われ、競技者の斜め前方で観戦可能な形。この舞台に立てるとなった時に、「とにかく試合を見てもらいたい」というワクワク感でいっぱいでした。
そして、会場にいる知り合いに「観に来て‼」とひたすら声を掛けまくりました(笑)
敗退したベアボウ選手達にもできるだけ近くで観戦してほしいとお願いしました。
配信もしてたから見てってツイートもしました↓
それくらい、見てもらえない・知ってもらえない状態を避けたかったです。シンプルにベアボウの試合を盛り上げたい気持ちがありつつ、「せっかく僕が決勝戦出るんだから見てよ‼」っていう傲慢さが強かったですね(笑)
スポーツには“する・見る・支える”の関わり方がありますが、今回は“見てもらう”という、“する”と“見る”のインタラクションを感じた次第です。
頼るということ
私は特定の指導者のいない環境で長くアーチェリーをしてきました。むしろそれで良いと思ってますし、“アーチェリーは一人でやるもの”だと思ってやっています。シューティングラインでは誰にも邪魔されないし、誰の助けも得られない。だから自分のことは自分で対応する、というスタンスです。
とはいえ、実際の試合ではコーチが後ろに付くのは普通ですし、決勝戦の舞台にはコーチボックスなる専用スペースがあります。準決勝に勝った後、ふと「コーチボックスに誰か入れてもいいなぁ」と思い、中高の後輩のT君(大学生)に入ってもらいました。なぜT君だったのかというと、ゲン担ぎみたいな感じです(笑)(準決勝が逆転勝ちだったんですが、T君が見に来たタイミングから逆転の流れになったのです)
アーチェリーのトーナメント戦は、1セットにお互い3本ずつ射ち合計点が高い方に2ポイント入り、先に6ポイント取った人が勝者となります(同点は両者1ポイントずつです)。
決勝戦では、2セット連続でポイントを取られ0-4。あと1セット取られたら負ける展開でした。この時、私の中では射ち方のどこに集中するかが分からなくなっていて、頭の整理ができていない状態でした(緊張というより技術的な問題で、練習の時でもたまにある状態です)。そんな2セット目終わりに、T君に向かって喋り出します。
「ヤバい、色々気になりすぎて何に集中したらいいか分からん。」
「ちょっと、一番気を付けてるところだけに集中しよう」
「一番は最初の押し肩(左肩)の位置だわ」
「じゃあ、そこだけ集中しよう。」
「これやって負けたらしゃーないわ」
これ、全部私が一方的に喋ってました。T君はただ聞いてくれてるだけ。でも、T君に喋ることで頭の整理と割り切りができたと思っています。T君を頼ったことで自分にできるプレーに意識を向けて、自分の精一杯のプレーを見てもらおうという気持ちになって、何と言うか“いい塩梅“のメンタルに落ち着いたんです。
そして、第3セットの1射目。最初の押し肩だけに意識を置いて射ったのが運良く9点。「整理した感じで間違ってないな」と安心して、残りも押し肩に集中してたら、2セット取り返せて4-4。最後も押し肩だけを考えて射ったら逆転勝ちしてました。
T君からしたら何もしてない感じだったと思うんですが、私にとっては誰かを頼るのも大事だなと思った試合でした。
ちなみに、T君と私が顔を合わせたのはこの時が2度目。うちの母校特有の空気感がなせる芸当だったかもしれません(笑)
勝利の価値
優勝は嬉しくて、いまだにウキウキしてるんですが、大会が終わって帰りの改札あたりでふと感じたんです。
「大会を離れたら、所詮ただの人だなぁ…」
優勝といってもアーチェリーの中での出来事、帰りの電車に乗ってる人たちにとっては関係のない話。「カバンに賞状が入っているのに‼笑」って思っても、誰も知る由もない話です。
自分にとって今回の勝利は価値の高いものです(2週間ぐらい経った今でもウッキウキですから。笑) ただ、価値はその域に留まっているだけで、その他で何か変わったわけではない。勝ったのを理由に偉ぶる気にもならないし、敗れた人たちを貶める気も全く起こらないです。
自分以外の人の受け取り方は人それぞれだな、むしろ興味のない人が大半よね。ってのが帰りの電車の中で感じたことです。(受け取り方の話は以前の記事に持論を書いてますので、よろしければ読んでください)
一方で、この2週間、アーチェリー関係の行く先々で多くの人に声をかけていただいたりもしました。私の思う以上に反響はあるみたいで、それはそれでありがたい話です。試合を離れればただの人なんですが、評価してくれる人からは“ただの人”の部分を引っ括めて見られていると感じています。なので、勝つこと以外の自分を磨いていかなければ、とも思っています。
検査を受けたい
最後に、この記事を書きながら思い出したことが一つ。
おかげさまで私がスポーツファーマシストだと知れ渡っているので、「専門家だから抜け道を見つけてドーピングできるんでしょ」みたいなことを(もちろん冗談で)言われたりします。ベアボウの方々はトークもフランク(笑)なので、SHIBUYA ARCHERY CLASSICの時もそんな話が出たりしたのですが、私が返せるのは「抜け道とか知らないですし、この立場でやるわけないですよ(笑)」ぐらいなわけです。
クリーンを証明するために(そして、こういうトークの流れから抜け出すためにも)検査を受けたい‼って思っています。
最後に
とりとめもなく書いてきましたが、スポーツの色んな場面に感じ取れる価値がそれぞれあるんだと実感した試合でした。しばらくは競技をつづけるモチベーションになりそうです(笑)
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