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『Waltz for Debby』の低音に漂うマジック

こんにちは!

SPORTS MENの中村がお送りする音楽レビュー  "Is It Rolling?" です。

このマガジンでは、僕の好きな音楽について、その作り手である「人」にフォーカスしながら、語っていきます。

今回は、かの歴史的名盤『Waltz for Debby』でベースを弾き、その録音の11日後に亡くなってしまった伝説のジャズ・ベーシスト、

Scott LaFaro(スコット・ラファロ)

について、自分の想像力を最大限に働かせて、考察してみたいと思います。

最後までお付き合いいただければ幸いです!

Bill Evansの最初のトリオ

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Bill Evansは生涯に渡って自分のピアノ・トリオを4回組んでおり、最初に組んだトリオは「ザ・ファースト・トリオ」と呼ばれています。

4つのバンドにはそれぞれ違った個性があり、聴き比べてみると面白いですが、特にファースト・トリオは、プレーヤー間で「対話」が交わされているという印象が強く、それが何度聴いても息を飲むほど美しいのです...

そのファースト・トリオでベースを弾いていた人物こそが、今回の主役であるスコット・ラファロです。

僕は自分のバンド、SPORTS MENで演奏をする際に、プレイヤー同志のコミュニケーションについて考えさせられることが多く、それが神がかって成功している例として、この2枚を越える録音芸術はないのではないか...と考えています。

だからこそ今回、記事を書くことでじっくり向き合ってみたいと考えたのです。

運命の出会い

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スコットはアメリカのニューヨーク州にあるジェニーヴァという街で、音楽一家の元に育ちました。

とにかく尋常じゃない努力家で、暇さえあればベースを演奏していたと言われています(その練習時間は1日12時間にも上ったとか...!)。

そのため、自分だけでなくバンドメンバーの演奏に対しても人一倍厳しい一面を持っていたようなのですが、とても人格者だったという話もあり、周囲から「スコッティ」という愛称で慕われていたことからも察するに、柔和な人柄の持ち主だったのではないかと思います。

そんな彼がビル・エヴァンスという素晴らしいピアニストの存在を知ることになったのは、20代前半の仕事が波に乗ってきた時期でした。

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ビルは当時、まだそれほど名が知られていた訳ではありませんでしたが、マイルス・デイビスと組んだ大傑作「Kind of Blue(1959)」をリリースしたばかりで、やはり音楽家として油が乗っていた時期でした。

そんな、ある日のライブ後のこと。

さっきまでビルが演奏していたステージに数名の客が上がり、飛び込みでセッションを始めました。

何気なく耳を傾けていたビルでしたが、やがて、そこにいたベーシストの演奏に度肝を抜かれることになります...

それが、誰あろうスコットでした。

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スコットの演奏の特徴は、もちろん言葉では言い尽くせませんが、強いて挙げるとすれば僕は次の2点が大きいと捉えています。

1. ベースとしての役割をきちんと果たしつつも、リード楽器のように印象的なフレーズを次々に編み出すことができる、謂わばメロディメイカー的な側面。

2. ひとつの楽器から鳴らしているとは思えない程の豊かな音色による表現の幅広さ

実は当時のビルは、自分がリーダーとなってピアノ・トリオを組む事を切望していましたが、なかなか良いメンバーを見つけられずにいました。

そんな時に目の前に現れたスコットという存在は、想像するに、強烈な輝きを放っていたのではないでしょうか。

そこに、3人の「まとめ役」だったというドラマーのPaul Motian(ポール・モチアン)も加わったことで、ザ・ファースト・トリオが完成します。

そして、伝説になった日

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3人で行われた伝説的名演は、1961年6月25日にニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードという由緒あるライブハウスで行われ、この録音が後に『Sunday at the Village Vanguard』『Waltz for Debby』という2枚のレコードとして発表される形となりました。

この日の演奏は、録音されたテープを聴いた本人達ですらも「すごいことが起きていた...」と自覚する程だったといいます。

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その11日後にスコットが自動車事故で唐突にこの世を去ってしまうのですが、ここに至るまでに3人は、既にこのバンドで追求するべきテーマを完全に掴んでおり、それがこの2枚の名盤に結実していると思うのです。

では、1枚ずつご紹介していきます!

『Sunday at the Village Vanguard』

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Bill Evans Trio / Sunday at the Village Vanguard
(1961年10月リリース)

本作は、スコットが亡くなった後で、「あの日の音源を追悼盤として世に出そう」というビルの意向から作られました。

このアルバムでのスコットのベース・プレイは、彼の音楽人生の総決算とも言えるような内容だと思います。

聴こえてくるのは、演奏における「対話」というテーマです。

「ピアノが主役となり、ベースやドラムがそれを支える」という、それまでのピアノ・トリオの在り方ではなく、3人の演奏がフラットな関係で、対話をしながら構成されていく...

一歩間違えればバラバラな演奏になりかねず、プレイヤーに並外れた技術とセンスが要求されますが、それが「この3人ならできる」ということが、ビルにはわかっていったのではないでしょうか。

特に、共演者の演奏によく耳を傾け、反応し、かと言って必ずしも裏方に回る訳ではなく、豊かなメロディを奏でることができる、というスコットのスペシャリティが、そのスタイルを成立させたのではないかと僕は思っています。

また、このアルバムにはスコットが作った曲が2曲収録されています。

ひとつめはアルバムの1曲目を飾る「Gloria's Step」です。

グロリアというのはスコットが当時一緒に生活していた恋人の名前で、スコットが家で練習していると、外から聞こえてくる足音だけで彼女が帰ってきたということがわかった、というエピソードから付けられたタイトルだそうです。

もうひとつは「Jade Visions」という曲で、こちらは「翡翠(ひすい)の夢」というような意味を持ちます。

この曲は東洋的な音階を取り入れる事を試みたスコットの意欲作で、翡翠は生前のスコットが身につけていたお気に入りの石だったとも言われています。

ビルとスコットは東洋的な思想に影響を受けていたと言われており、孔子が好んだとされる翡翠をその象徴のように捉えていたのかもしれません。

『Waltz for Debby』

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Bill Evans Trio / Waltz for Debby
(1962年3月リリース)

今日では言わずと知れた大名盤になっている本作ですが、実は『Sunday at the Village Vanguard』に入らなかった曲たちを集めてリリースされたものでした。

しかし、結果的には、あの1961年6月25日のヴィレッジ・ヴァンガードのムードをより鮮明に映す内容となり、ジャズの歴史の中で最も重要な地位を占める1枚として後世に聴き継がれることになりました。

表題曲の「Waltz for Debby」は、ビルが自身のかわいい姪っ子のデビーのために書いた曲です。
(ビルは家族や恋人に捧げる曲をしばしば書いています。)

このアルバムは「Sunday at the Village Vanguard」に比べて、優しく語りかけてくるような曲が多いアルバムだと思います。

そんなスローな曲達の中でも前述の3人の演奏スタイルは貫かれており、発せられる音のひとつひとつ、そしてその間の空白に、独特のスリルが漂っています。

僕はそれが堪らなく好きで、それに没入したくて、いつもかなり大きい音で聴いてしまいます。

バンドには、メンバー間のマジックが高まる最高の時期というのがあるものだと思います。

そして、それには必ず終わりがあるのも事実だと思います。

このトリオは、誰も到達できないような素晴らしい場所に到達し、何かを手にした瞬間に、終わりを迎えてしまいました。

だからこそ、この2枚のレコードは、その成り立ちそのものが奇跡であると同時に、3人が目指していた演奏スタイルを記録した実質的な集大成だったといえるのではないでしょうか。

* * *

いかがでしたでしょうか。

今回は尊敬するスコット・ラファロについて語ってみました!

もし、ご紹介した2つの作品を聴いたことがない方がいらっしゃいましたら、是非これを機に聴いてみていただけたらとても嬉しいです。

『Sunday at the Village Vanguard』
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『Waltz for Debby』
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中村レビュー "Is It Rolling?"、次回もご期待ください!

〈参考文献〉
・(書籍)ヘレン・ラファロ・フェルナンデス,『スコット・ラファロ その生涯と音楽 -翡翠の夢を追って-』国書刊行会, 2011年.
・(書籍)ピーター・ペッティンガー『ビル・エヴァンス -ジャズ・ピアニストの肖像』水声社, 1999年.
・(映画)ブルース・スピーゲル監督『Bill Evans Time Remembered』, ビル・エヴァンス, ポール・モチアン出演, 2015年. オンリー・ハーツ, 2020年, (DVD).

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