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審判も選手も指導者も フットボールを、試合を楽しむためにも身体の知識を身につけることが大事

家本政明 サッカー審判員(プロフェッショナルレフェリー)

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(写真提供:家本政明氏)

中学や高校のときには県選抜や地域選抜にも選ばれたプレーヤーとして活躍していた家本政明さん。大学時代に持病が悪化して選手の道は断念されましたが、その後審判員の世界に飛び込み、2005年から国際審判員としてご活躍されました。

ご自身の選手としての経験、国際審判員として多くの選手のプレーを間近で見てきたからこそわかる、全体を見ることの大切さ。審判としては試合の全体像を把握することで、観る人にとってもプレーする人にとっても楽しい試合をつくれるそうです。選手としては、もっと身体の全体像を知ることが大切だと家本さん。審判員ならではの視点で、たくさんお話を伺いました。

「なんかよくわからないけど、とんでもない世界があるぞ」。
選手としての挫折からレフリーという未知の世界へ

――今は審判としてご活躍されている家本さんは、大学まではご自身もサッカーをされていたと伺いました。

家本政明(以下家本):はい、小学校3年生のときから、ずっとサッカーをやっていました。ですが、高校生のときに体調が悪くなることが多くなりました。夏場など、環境も厳しく練習もきつくなると吐血するようになりました。休みながらであれば何とか頑張れたんですけど、その病気が1年生よりも2年生、2年生よりも3年生とだんだん症状が重くなってしまって。

大学に入学したところで診断を受けたら、医者から「正直、激しい運動をこれからも続けることはお勧めしない」と言われました。実際に、もう当時は満足できるようなトレーニングもできていなかったですし、自分でも厳しいかなと思っていたところでもあったので、それで競技者の道は諦めました。

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――その後はカイロプラクティックも学ばれたそうですね。

家本:自分が競技をしていたとき、足首や膝、腰など良くない時期もありましたから、おぼろげながらにそういう世界で活躍できたら良いな、と考えていました。それと、もうひとつ小さいころから大きな疑問があったんです。

自分の身体を鍛えたりケアしたりする、ということは、パフォーマンスを高めるためだけではなく、パフォーマンスを下げる可能性のあるケガや故障を予防する、という2つの意味がありますよね。私はこれが別の話なのではなく、一緒のことじゃないかと思っていたのです。

予防も結果的にパフォーマンスを高めることにつながりますし、パフォーマンスを高めるということは、ケガや故障をしない身体をつくることにもつながります。そういうことを、ある先生と親しくなって話を聞いていくうちに、この世界って面白いんだなって思ったのです。それがカイロプラクティックに興味を持ったひとつの理由ですね。

――それと同時進行で、審判員の勉強もされていました。

家本:選手を辞めたあとの道でよくあるのは、指導者やトレーナーか、または別の道に進んでサッカーは観て楽しむものにするか、ですよね。そこに、もうひとつ審判という道があっても良いんじゃないかな、と思ったのです。

私の大学生時代、審判は年老いたおじさんばかりがやっている、というイメージがあったんですね。でも時代が変わって、どんどんプレーもスピーディーになっていたし、激しさも増していた。だったら、もっと若い世代が審判になったほうが良いんじゃないか、と考えてチャレンジしてみようと思いました。

私が審判という世界に接したのは、高校時代でした。チーム内の練習試合の審判を当時の監督にお願いされたのがきっかけです。それで実際にやってみたら、結構面白かったんですよ。目の前のことだけじゃなくて、フィールド全体で起こっていることを把握しないといけない。どこで何が起きて、ゲームがどう展開していくのか。今選手は何を考えていて、この反則はどうなのか。プレーヤーが見て、考えているプレーの細かいところや勝ち負け以外のところのサッカーを観ているというか。同じフィールドにいるのに、サッカーの違った味わい方とか感じ方を高校生なりに感じたんですよね。「なんかよくわからないけど、とんでもない世界があるぞ」って、そのときに思ったのです。

――レフェリーの面白さ、というのはどういうところにあるのでしょうか。

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(写真提供:家本政明氏)

家本:レフェリーになると、選手やフットボールに関して、客観的に観れるようになります。レフェリーをするうえで、全体像を把握することはすごく大事なのです。私たちは勝ち負けには関わるけれど、直接の主役ではありませんから、どういう役割を求められているのかを考えないといけない。

何が言いたいかというと、審判って反則を取ればいいでしょ、とかカードを出せばいいでしょ、と言われることがあります。それは審判の役割のごく一部でしかないのです。やはり選手と向き合って、選手がプレーに集中してもらえるような環境を整えるというか。

たとえば、選手が違うところに意識が向いてしまって攻撃的になったとしたら、あなたがしたいことは相手を傷つけることなのか、私に文句を言うことなのか、と問いかける。君は何がしたくて、今このピッチに立っているんだ、と。フットボールをしにきているのに、フットボールをしていないのは楽しいのか、って。そういうことに向き合うことがレフェリーの役割だと思っていて、自分がそう思えるようになってからは、レフェリーという仕事を楽しめるようになりました。

単純に競技規則のことさえわかっていたら良いとか、パフォーマンスが高けりゃ良いという話よりも、より選手の人間性や心を理解しないといけない。選手たちの気持ちもわかるけど、お互い役割があるから、一線を超えてはいけないわけですよ、友だちではないですし、遊んでるわけじゃないですから。そこの線引きをお互いに認識したうえで、お互いにより良いゴールというのか、より良い試合をつくって行きましょう、目指しましょう、という旗振り役がレフェリーの役割であり、立ち位置なのかなと思いますね。

そこが見えていると、より多くの人がフットボールを楽しめるっていうことに気づいたんです。たとえば、紅葉ってキレイですよね。でも近くに行って葉っぱを見たら、虫食いもあるしオレンジもあれば、黄色もある。ミクロで見ると、ちょっとあれ? と感じる部分があると思うんですけど、一歩引いて全体を見てみたらグラデーションになっていて、色、デザイン、雰囲気がとてもキレイに見える。これが美しいということなんだなって気づけると思うんです。

実はフットボールのレフェリーも一緒で、細かいことを見るとそれはその一部の正解かもしれないけど、全体に引いて見たときに、その試合は美しいのかを考えないといけません。近づいたら虫食いがあるかもしれないけど、ほら全体の世界を見てごらん、すごくキレイでしょって。そういう場所に導いてあげることが、レフェリーの大切なポイントなのかなと思います。

――国際審判員もされていた家本さんが、海外選手たちのプレーもご覧になって、日本のプレーヤーとの違いや課題など、感じことはありますか。

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▲左から3人目が家本政明氏
(写真提供:家本政明氏)

家本:有名な話があるのですが、日本にブラジルの選手が来日してJリーグでプレーしていたんですが、もう日本ではフットボールができない、とヨーロッパに行ってしまったんですね。するとその選手はスターダムにのし上がっていってMVPを取るような選手になり、ブラジル代表にまでなりました。これは単に日本のフットボールが合わなかったのではなく、彼のフィジカルが強くて、日本人選手が当たり負けをしてしまっていたことで、すぐに笛を吹かれてしまう。きっと彼からすれば、なんでこんな当たりで倒れるんだ、という思いがあったかもしれません。そういう事例を見ると、変わらなければならないのは、私たちなんじゃないか、と思います。

ブラジルの彼の当たりは、ヨーロッパでは当たり前だった。だから笛も吹かれないし、思い切って全力でプレーできたわけです。でも、日本だと普通に当たっただけで倒れられてしまうから思い切ったプレーができない。それは、日本が世界から技術ではなく、フィジカルで遅れていることを意味しますよね。だから、ヨーロッパに行った選手たちは、やっぱりまずフィジカルをしっかり鍛えていくわけです。

今は日本にもそういうフィジカルの強い選手が増えてきました。確実に強くなってきていると思います。東京五輪でも活躍しましたが、本当にフィジカルの強い選手が増えてきました。強いだけじゃなくて、コントロールもうまいですよね。それに伴って、フットボールのレベルも上がってきていると思います。

でもフィジカルを強くするためには、やはりケガのリスクも高くなります。それを予防するためには、やはり知識が必要だと思います。身体の全体像を理解するというか。たとえば、欧米人と日本人はそもそも身体の構造が違いますよね。だから、欧米選手たちみたいにはなれないから走れ、技術を上げろ、となりがちです。しかし日本人にあった、日本人なりのフィジカルの強化法というのがあるのです。それをやっているから、今はヨーロッパでも十分に通用する日本人選手がいるわけです。そういう知識をまず私たちがもつこと。特に指導者には、ぜひそういう知識をもってほしい。そして、わからないところは専門家に聞く。それで良いんですよ。

――自分たちが、故障やケガなくフィジカルをつくっていくには、どういう方法や、どういう考え方が良いのかを知ることが大切なんですね。

家本:選手それぞれにあった身体のつくり方を考えないから、関節に無理がかかったり、変な動きでバランスが悪いのをカバーしたりしてしまって、結果的にケガや故障につながってしまうと思います。

そういう意味では、それこそ物理学とか力学も知っていたほうが良い。身体の構造とか骨格とかを理解したうえで、じゃあどういうふうに身体を動かせば、効率良く力を発揮できるようになるのかを考えていく。

そういうメカニズムを知って指導をすることって、本当に大切だと思います。だって、故障したり無理をしていたりしたら、楽しめないじゃないですか。知識がないというだけで、苦しんだり悩んだりしてしまう。それってすごくもったいないですよ。身体の知識をもつことは、自分がフットボールをもっと楽しむことにもつながるのですから。

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(写真提供:家本政明氏)

――そういう知識を得られるのがスポーツ医学検定の良さのひとつなんですが、家本さんがスポーツ医学検定に期待することはありますか。

家本:たとえば、腰が痛いという事例があります。でも、単に腰痛といっても腰に問題がある場合と、全然違うお尻や肩甲骨からくる代償としての痛みの場合があるわけです。そういうところを見ないと、根本的な治療にならないのですが、知識が浅いと腰ばかりにフォーカスしてしまって、本当の原因を見逃してしまう。

ピンポイントで物事を見ることも大切ですが、まずは全体像を把握したうえで、腰痛の根本的な原因を探さないと、本当の意味で治療にならないです。全体を見られるようになるためには、身体の構造を理解しないといけない。なので、スポーツ医学検定で身体の構造を理解すると、全体が見られるようになって、正しい治療や予防にもつながってくると思います。

サッカー選手でよく繰り返し骨折してしまう第五中足骨のケガも、身体の構造や仕組みがしっかりわかっていれば予防できる。繰り返し故障が起こる、ということは、その部位に問題があるのではなく、動作に問題があることのほうが多いです。それはピンポイントで故障した箇所ばかり見ていてはわからない。全体像を把握できる知識があれば、見えてくることです。そして、そういう知識をスポーツ医学検定では身につけることができる。これは指導者や関係者だけではなく、選手自身もぜひチャレンジしてほしい。そうすれば、きっとなぜ故障をするのか、なぜこういう治療をするのかなどがわかると思います。

そして、大事なことはそれを選手が子どものうちから教えていってあげること。テクニカルの指導ばかりではなく、身体の使い方、ケガや故障しやすい場所はどこか、その予防はどうすれば良いのか。そういうことを子どものころから学び、知識として蓄えることができれば、成長して身体が大きくなって、筋肉もついて、技術もついたときに必ず役立つはずですから。

――今日はお忙しいところ、貴重なお話をたくさんありがとうございました!

<編集後記>
先日、Jリーグでの歴代最多出場を果たした家本さん。国際審判としての経験だけではなく、ご自身が選手として得てきたもの、そしてカイロプラクティックの知識など、多くの経験が積み重なっての快挙なのだと感じました。審判として全体像を把握することは、面白いサッカーをつくるため基礎。身体の全体像を把握することも、面白いサッカーをするための基礎になる。審判だからこそのお話、とても楽しかったです。泣く泣くカットしたお話もたくさん。これからもJのピッチに立ち、活躍されていく家本さんの姿を楽しみにしています。

(文 田坂友暁、構成 田口久美子)

◇プロフィール◇

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家本政明(いえもと・まさあき)
1973年生まれ。サッカー審判員(プロフェッショナルレフェリー)。高校時代は広島県選抜にも選ばれるほどの実力者。1992年に4級審判員に、1996年に全国最年少1級審判となった。主審初担当試合は2002年3月21日の福岡対横浜FC戦。2005年から2016年までは国際審判員として活躍。その後もプロフェッショナルレフェリーとして活動を続け、2021年7月には503試合のJリーグ担当審判員(主審)最多出場試合数を更新した。



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