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紆余曲折を経て誕生した女子アイスホッケーのプロリーグ、PWHLの成り立ちに迫る

アメリカ現地時間2024年5月9日、ミネソタ*がPWHLのプレーオフファイナル5戦目でボストンを破って初代チャンピオンに輝き、ウォルターカップを獲得しました。(*PWHLでは、ミネソタ、ボストンなど州名や都市名をチーム名としています。詳細は後述します)
PWHLという言葉に耳馴染みがない方も多いと思いますので、改めてご紹介します。PWHLはProfessional Women’s Hockey Leagueの略称で、2024年1月1日に開幕をした女子アイスホッケーのプロリーグのことを指します。プロリーグが主流となってきたスポーツ界において、女子アイスホッケー界はこの約10ヶ月の間に様々な動きがあり、大きな飛躍を遂げました。
今回の記事では、PWHLの発足の経緯に注目していきます。


女子アイスホッケー界プロリーグの先駆け

北米四大スポーツリーグの一つであるアイスホッケーは、女子選手にも人気のスポーツです。NHLと呼ばれる男子のプロリーグには、アメリカやカナダのみならず世界中から注目が集まっています。
女子リーグでは、CWHL(Canadian Women Hockey League)が2007年からカナダを中心に活動していました。このリーグは選手に対して給与を支払わない、いわゆるアマチュアスポーツの形態を取っていましたが、リーグ自体に安定した運営資金が無いこともあり、運営基盤の脆弱さが度々取り沙汰されていました。
リーグの規模拡大や興行の充実を目論み、CWHLにアメリカのチームを加えるといった話もありましたが、最終的には2015年にCWHLとは別のNWHL(National Womens Hockey Legue)と呼ばれる独自のリーグが設立されました。アメリカを中心に試合を行うNWHLは、選手に対して給料を支払う、女子アイスホッケーとして初めてのプロリーグとなりました。

2つのリーグは長く続かず

4年ほど2リーグ体制が続きましたが、ファンの奪い合いや非効率的な運営により、財政的な問題が表面化してきました。選手へ給料を支払うとしていたNWHLでは、給料の遅配や基本給料の5割削減といった財政面での不安が大きくなることもありました。CWHLはNWHLと同様に選手への給与を支払うべく奔走しましたが、なかなか収入源が安定せず最終的にはリーグに多大な損失をもたらし、最終的には2019年3月にCWHLの運営停止が発表されました。


選手たちが選んだ道とは

2019年3月にCWHLが運営停止となり、NWHLが唯一の主要なリーグとなった後も北米の女子アイスホッケー界は混迷を極めました。
この数年の2リーグ体制の運営を巡る不信感が募り 、NWHLの身の丈に合わない運営に対して、選手たちはリーグの行く末を案じストライキを起こしました。その数ヶ月後の5月17日にNWHLへの参加を拒否した選手たちが集まり、PWHPA(プロ女子ホッケー選手協会Professional Women's Hockey Players Association)の立ち上げを宣言。PWHPAは選手たちが中心となり各地でエキシビジョンゲームの開催を行うという形で試合開催を望む思いを表現しました。


新たに現れたゲームチェンジャー


これまで説明をしてきたように、2リーグ制による運営の非効率さや選手によるストライキが発生するなど、北米女子アイスホッケー界ではなかなかリーグとして安定した試合が行われませんでした。そんな中、2021年9月には、NWHLがジェンダーにとらわれないリーグを表現するためにリブランディングを行い、NWHLからPHF(Premier Hockey Federation)と名称やロゴを変えました。その過程で、財政面の強化が進んでいることを発表し、サラリーキャップを前シーズンの2倍の30万ドルにすると宣言します。
PHFはリーグがチームを所有する形式ではなく、外部の投資家にチームを買ってもらい、所有してもらうことで規模を拡大させていき、さらに、2023年シーズンには、1チームあたりのサラリーキャップを150万ドルに引き上げるという宣言も行いました。しかし、急激に引き上げられた給与水準に持続性はあるのかと選手からは疑問の声が上がっている状況でした。
そんな中、世界的金融会社であるグッゲンハイム・パートナーズのCEOであるマーク・ウォルター氏がPHFの買収に向けて、各チームのオーナーと話し合いを進めているという新たなニュースが北米女子アイスホッケー界に飛び込んできました。彼はMLBロサンゼルス・ドジャースのオーナー兼会長でありながらサッカープレミアリーグチェルシーの共同オーナーという肩書きを持つ、THEアメリカの実業家です。

ウォルターは各チームのオーナーと話し合いを進めながら、PWHPAの選手とも話し合いを行っていました。北米女子アイスホッケー界の統合には選手の賛同協力が必要不可欠であり、PHFとPWHPAそれぞれに選手が所属している二重構造の解消に向けて多くの時間が割かれました。そして2022年5月にPWHPAが新リーグ設立に向けて合意し、最終的には2023年6月29日、マーク・ウォルター率いるマーク・ウォルターグループと、テニスの伝説的選手で女子テニス協会の設立者であるビリー・ジーン・キング率いるビリー・ジーン・キング・エンタープライズがPHFを買収することになりました。
2リーグ体制という組織の分裂やリーグと選手会の分裂といった混乱が続いていた北米の女子アイスホッケー界は、ここでついに一つになったのです。

待望の新リーグ、気になるその構想とは


2023年8月にPWHLの設立並びにリーグ開幕戦のスケジュールが発表されて以降は、あっという間の5ヶ月でした。新シーズン開幕は2024年1月1日と定められ、チーム、所属選手、試合会場等々決めなければならないことが山積みでしたが、まず最初に決まったのが試合の開催都市です。
2023年8月末、 PWHLはNHLに倣って「オリジナル6」と呼ばれるチームならびにそのチームの本拠地を設定しました。それぞれのチーム名にはいわゆるチームの名前は入っておらず、都市名だけが定められており、チームオリジナルのロゴやエンブレムもありません。共通のデザインが決まっている中で、都市名やマークの色が変わっているだけなのです。

これらの都市は無作為に選ばれたわけではなく、既にNHLの市場としてもある程度成熟しておりPWHLが参入した後もハードソフトの両面で支援体制とその実績があるという基準で選ばれました。

マーク・ウォルターグループ並びにビリー・ジーン・キング・エンタープライズによるPHFの買収によって、PWHLにはPWHPA所属の選手と旧PHF所属の選手がいるという状況でしたが、CBA(Collective Bargaining Agreement)と呼ばれる労働協約の締結も進められ、バックグラウンドが異なる選手の保護も行われました。

その後、選手ドラフトやプレシーズンキャンプ、ファンフェスティバルと開幕に向けた準備が着実に進み1月1日の開幕を迎える準備が整っていきました。

この5年間、多くの困難を経験しながら進み続けてきた北米の女子アイスホッケー界。選手、ファンが待ち望んでいた本格プロリーグの初年度はどのような結果に終わったのか。次回の記事では、PWHL初年度を振り返りながら、今後の展望についても深掘りしていきます。


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