スタジアム・アリーナのネーミングライツ取得について
以前のnoteで海外スタジアム・アリーナの複合施設化に向けた取り組みについて紹介しましたが、この取り組みの目的は様々な施設と一体となったスタジアム運営により、いわゆる「稼げる」スタジアム・アリーナを目指すことにあります。
「稼げる」スタジアム・アリーナを目指す中で一番必要なことは「確固たる収入」の確保であり、その方法としてスタジアム・アリーナでは「ネーミングライツ契約」が浸透しています。
日米で確認できるネーミングライツ権利料の各上位5施設においては、日本における契約期間が5~10年、年平均権利料が2~5億円であるのに対し、米国では契約期間が20~25年、年平均権利料が2,000万ドル(約31億4,000万円)~3,500万ドル(約55億円)と、長期間かつ高額の契約です。
今回は、今後日本のスタジアム・アリーナがネーミングライツ契約を導入するうえで参考となる海外事例を紹介します。
ネーミングライツとは
ネーミングライツと聞くと、日本では単に「施設やイベントに名前をつける権利」と誤解されていますが、米国ではネーミングライツ購入企業の経営課題を解決するためにあらゆる資産を活用したアクティベーションが実施されており、「施設に名前を付ける権利」は命名権契約で提供される数多くの特典の1つに過ぎません。
日本のネーミングライツ契約が米国と比較して契約期間が短く金額が安い理由は、スタジアム・アリーナ運営者・所有者に「施設に名前を付ける」以外の権利を提供するという考えに至っていないためです。
ネーミングライツの市場は?
ネーミングライツはその重要性を裏付けるように、米国の5大プロスポーツリーグに所属するチームのうち、90%以上のホームスタジアム・アリーナがネーミングライツ契約を結んでいます。
特に米国はプロスポーツチームが自らスタジアム・アリーナを運営するケースが多く、例えば、以前のnoteで紹介したNFLのダラス・カウボーイズはAT&Tスタジアムを運営し、MLBのセントルイス・カージナルスはブッシュ・スタジアムを運営しています。
ネーミングライツ契約はスタジアム・アリーナの運営において重要な収益源であり、施設の安定した運営が可能になるため、契約を結ぶスタジアム・アリーナが多くなる要因となっています。
ネーミングライツ契約の主な目的は?
一般的にスタジアム・アリーナのネーミングライツを取得することで、売り手・買い手双方の立場から下記のような効果が期待できます。
売り手側(スタジアム・アリーナ運営者または所有者)の効果
施設の維持管理費用の負担軽減
ネーミングライツ料収入により、スタジアム・アリーナの運営維持費用の一部を賄うことができ、公共施設の場合は税金投入額を抑えられます。
買い手側(ネーミングライツ購入企業)の効果
広告宣伝効果とブランディング効果
スタジアム・アリーナには多くの人々が集まるため、企業名を施設名に付けることで、企業の認知度の向上が期待できます。また、施設名称が地図や案内標識などにも記載されることで、常に企業の存在をアピールできます。さらに試合中継などでも施設名が頻繁に露出されるため、ブランドイメージの醸成にもつながります。スポンサー権利の付与
ネーミングライツにはスタジアム内での看板広告やイベント開催権などの様々な権利が含まれる場合があり、企業の宣伝機会が増えます。
上記は、一般的なスタジアム・アリーナのネーミングライツを取得することで期待できる宣伝効果となりますが、ネーミングライツ契約にあたっては単なるスタジアム・アリーナの命名権やそれに付随する企業名の露出だけではなく、それ以外の部分で長期的な目的を持った検討が必要となります。また、チームや施設側も、契約企業を施設の安定した運営のためのパートナーとして、企業へのメリット提供に努める必要があります。
ネーミングライツを通じてビジネスに活用するメットライフ・スタジアム
メットライフ・スタジアムは、NFLのニューヨーク・ジャイアンツとニューヨーク・ジェッツのホームスタジアムであり、メットライフ(MetLife)が2011年にネーミングライツを取得しています。以下、メットライフのネーミングライツ契約の特徴と活用方法を紹介します。
1. 複数チームとの契約
メットライフ・スタジアムは、NFLのニューヨーク・ジャイアンツとニューヨーク・ジェッツという2つのプロフットボールチームが共同で建設・所有しており、スタジアムが2つの人気チームのホームスタジアムであるため、試合やイベントの回数が多くメットライフのブランド露出も増加します。また、ジャイアンツとジェッツのファン層はそれぞれ異なるため、幅広いターゲットにリーチでき、マーケティングを行う機会が得られます。
2. ブランド認知度と信頼性の向上
メットライフ・スタジアムは、NFLのジャイアンツとジェッツの試合が全国放送されるため、試合中継やソーシャルメディア、ニュース報道を通じてメットライフのブランドが広範囲に露出できます。また、スーパーボウルやレッスルマニアなどのビッグイベントも開催されるため、世界中の視聴者に対しても認知度や信頼性の向上が期待できます。
3. 顧客およびビジネスパートナーとの関係強化
スタジアム内にはVIPラウンジやスイートルームが設けられており、これらの施設を使って重要な顧客やビジネスパートナーを招待し特別な観戦体験を提供することで、顧客との関係を強化し、新たなビジネス機会の創出が期待されます。また、スタジアム内の会議室やホスピタリティエリアを利用してビジネスセミナーや会議を開催し、パートナーシップやネットワーキングの促進に繋げています。
4. プロモーションおよび商品販売
スタジアムイベント時にスタジアム内にメットライフのブースを設置し、保険商品や金融サービスのプロモーション活動を行います。それによって直接的な顧客接点を増やし、新規顧客の獲得が図れます。
5. 社員エンゲージメントと福利厚生
メットライフの社員に対して、スタジアムイベントのチケットやVIP体験を提供し社員の満足度とエンゲージメントを向上させることで、社員のモチベーションの向上が図れます。
6. 社会貢献活動(CSR)
地元のコミュニティや非営利団体を支援するイベントをスタジアムで開催し、地域社会との関係を強化しメットライフの企業イメージを向上させる等、地域社会に貢献できます。
メットライフ・スタジアムのネーミングライツを通じて、メットライフは多岐に施策を実施しており、ブランド価値の向上、顧客エンゲージメントの強化、新規顧客の獲得など、具体的なビジネスに活用している事例の一つと言えます。
企業がスタジアム・アリーナのネーミングライツを取得するうえで重要なポイントは?
前述の通り、ネーミングライツは企業にとって非常に重要なマーケティング戦略の一環となりますが、企業がネーミングライツを取得する際には以下の点を考慮することが重要です。
1. ブランドの適合性
ネーミングライツを取得するスタジアムやアリーナの観客層が、企業のターゲットと一致していることや、スタジアムのイメージと企業のブランドイメージが一致していることが重要です。
2. 地理的な戦略
スタジアムの所在地が企業にとって重要な市場である場合、その地域でのブランド認知度を高めるためにネーミングライツを取得することは効果的です。さらにスタジアムが国際的に知名度のあるイベントを開催する場合、企業はグローバルなブランド認知度を高めるためにネーミングライツを利用することができます。
3. 契約条件とパートナーシップ
ネーミングライツ契約の具体的な条件を確認し、自分たちが実施したいプロモーション活動やブランディング活動ができるように作り上げていくことが重要です。また、スタジアムの運営者との良好な協力関係が構築できるかも重要であり、運営者との協力によって、ネーミングライツをより効果的に活用することができます。
上記の観点から見ていくと、メットライフ・スタジアムはNFLファンが幅広い層であるため、年齢やライフステージ、所得水準、ニーズに合わせて幅広い層をターゲットとした商品ラインナップを持つメットライフの保険サービスと一致しています。市場という面でもメットライフはニューヨークに本社があり、スーパーボウルなどの国際的に知名度のあるイベントが開催されることからグローバルなブランド認知度を高めることができます。このように、メットライフにとってメットライフ・スタジアムのネーミングライツ取得は、効果的にビジネス戦略に組み込めていると考えられます。
運営者・所有者は、企業の選定や名称変更には注意が必要!?
一方、スタジアム・アリーナの運営者・所有者の観点からは、しっかりと企業を選定することも重要です。企業の選定にあたっては、アイデンティティや価値観が同じ企業とパートナーシップを組む事が重要と考えます。
また、ネーミングライツについては名称が変更されることについても注意が必要です。特に新たにネーミングライツが売却される場合、ファンや地元コミュニティからの反発を招く恐れがあります。スタジアムやアリーナの名前は地域コミュニティのアイデンティティの一部となっていることが多くファンにとって特別な思い入れがあり、ファンはスタジアムやアリーナでの個人的な思い出や体験がスタジアムの名前が変更されることで、その思い出に対する愛着が薄れ、地域のアイデンティティが損なわれると感じる住民もいます。
名称変更に伴うファンや地域コミュニティとの良好な関係づくりに取り組むシアトル・マリナーズとT-モバイル・パーク
アメリカ合衆国ワシントン州シアトルに位置するMLBシアトル・マリナーズの本拠地の名称が、1998年から2018年まで名乗っていたセーフコ・フィールドから2019年T-モバイル・パークに変更された際も、一部のファンからは反発や変更に対する抵抗がありました。セーフコ・フィールドの名前はシアトルのファンにとって馴染み深いものであり、丁寧な対応が必要と考えたマリナーズとT-モバイル・パークは以下のような対応策をとりました。
1. 公式発表とメディア対応
マリナーズとT-モバイル・パークは、名称変更についての公式発表を行い、メディアを通じてその理由とメリットを説明し、スタジアムのアップグレードやファンへの新しい体験提供に資金が使われることを強調しました。
2. ファン参加型のイベント
T-モバイル・パークの新しい名前の発表に合わせて、ファンを招待したイベントを開催し、スタジアムの新しいブランドを紹介し、ファンが新しい名前に親しむ機会を提供しました。
3. プロモーションと特典
T-モバイル・パークは名称変更を記念して、T-モバイル・パークの顧客向けに特別なチケット割引やスタジアム内での特典を提供する等、さまざまなプロモーションや特典を提供し、ファンに対して直接的な利益を提供しました。
4. スタジアムのアップグレード
名称変更に伴い、T-モバイル・パークとマリナーズはスタジアムのアップグレードやファンエクスペリエンスの改善プロジェクトを実施し、ファンは新しい名前と共により良い観戦体験を享受できるようになりました。
5. 歴史と伝統の継承
セーフコ・フィールドの名前に対する敬意を表し、スタジアム内に旧名に関する記念碑や展示を設置。これにより、長年のファンが持つ思い出や歴史を尊重しました。
このように名称変更にあわせて施策が実施されており、ファンや地域コミュニティとの良好な関係を保ちつつ、新しい名称への移行をスムーズに進めるうえで反発を最小限に抑えるための効果的な事例と言えます。
最後に
今回はスタジアム・アリーナのネーミングライツについて、運営者・所有者、企業、ファン等のさまざまな目線からネーミングライツについて紹介してきました。
海外のスタジアム・アリーナにとってネーミングライツは重要であるものの「単なる命名権」だけではなく、施設の安定した運営のためのパートナーとして運営者・所有者、企業、ファンのそれぞれが三方よしの関係を目指す必要性があると筆者は考えます。
今後、国内で建設が進むスタジアム・アリーナにおいても施設を建設することがゴールではなく、その施設を長く愛され利用される施設を目指すために、運営者・所有者はパートナーとなる企業を探し、その一つの方法として「ネーミングライツ契約」を有効活用できればと思います。
引き続き、スタジアム・アリーナの様々な角度から国内で進むスタジアム・アリーナ建設に参考となる情報発信をしていければと思います。
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