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死にかけたけど、死ぬのはこわい。

「え? いま何時? 遅刻!」
目が覚めた瞬間そう思った。しかしよくよく見れば、知らない天井。ここ、どこ? おそるおそる目だけで視線を動かすと、自分の背後には心電図の機械があった。

どこからともなく足音が近づいてきて、看護服を着た女性が視界に入った。「あ、気がついた? あなた、交通事故に遭って、いま○○病院のICUにいるんですよ。さっきご両親と連絡ついて、昼すぎにはこっちに着くみたいだからね」

「あぁ、はい……」

いやいやいや、「あぁ、はい……」やあれへんがな。
交通事故? 脳の処理が追いつかないが、とにかくヤバイことになっているのはたしか。つまり会社にたどり着けないまま吹っ飛ばされたってこと?

新卒で配属された土地に引っ越し、働きはじめてようやくひと月経つか経たないか。そんなタイミングで? まじかよ。

混乱している頭をよそに、会社から携帯に電話がかかってきて先輩と話したり、「頭がカチ割れていたのですでに7針縫っていて、鎖骨がばきばきに折れている」と告げられたりした。

そうこうしている間に両親が到着し、対面することができた。不安な気持ちも少なからずあったろうに、親元を離れる娘を笑顔で送り出してくれた彼ら。なのに、就職してはじめて見せる姿がこんなのって。

道中、気が気でなかったろうなとか、両親の気持ちを考えたら申し訳なさすぎて、「ごめんなさい」とひたすら泣きじゃくった。うええええんと声を上げていた。顔を見れた安心感より、心配をさせてしまったという事実で潰れそうだった。

数日間をICUですごし容態を落ち着かせたあと、一般病棟に移り手術をすることになった。折れている鎖骨にボルトを噛ませるために。はじめての全身麻酔。薬剤を吸った瞬間に意識がなくなったのは、あとから思い出してもおそろしい。


そこからがもう、苦痛の連続だった。
まず麻酔から覚めたら死ぬほどのどが痛くて、びっくりして泣き叫んだ(あまりにその様が滑稽だったらしく、のちのち父が帰省のたびに話してくるネタになった)。ちなみに鎖骨だが、損傷がひどくてボルトがはめられず、糸でぐるぐる巻きにされた。

夜中に病室の外から聞こえる車の音がこわすぎてパニックになってしまい、ナースコールで看護師さんを呼び出し、慰めてもらったこともあった。去り際に「私、同い年なんです」と告げられてすごく情けなくなった。相手は親近感を覚えてくれたのだろうが、私は無様にも「エンジン音がこわい」と泣いているのである。消えたかった。

警察の事情聴取もはじまった。
私が赤の点滅信号、相手は黄色の点滅信号を渡ろうとしての事故だったので、相当に責められた。いやでも、相手は車でピンピンしていて、私のチャリはおじゃんで廃車、身体もボロ雑巾のようになっているんですよ? おまえさんには慈悲というもんがないんか、と思った。50km法定の道を70kmで飛ばしてる時点で相手が悪かろう、そうやないんか?

覚えていることを詳細に話してくれ、と言われたけれど、私は事故のことをまったく覚えていなかったし、思い出せもしなかった(数ヶ月後に突然、事故直後のことは記憶が蘇った。身体がまったく動かなくて「これ気を失ったら死ぬやつやん、やば」とか考えていた)。

相手が未成年だったこともあり、母親が引き連れて謝罪に来た。息子は謝罪の言葉のみでほとんどしゃべらなかったが、母親の方がペラペラペラペラ話す。
「相手が女の子だって聞いたから、顔に傷でもついてたらどうしようかと思った」と言われた。いや、たしかに顔は無傷だったよ、顔はね? あと私が男だったとて、顔に傷はつけられたくないよ。

能天気な人なのか、聞いてもいないのに自分の家族の話をひとしきりし、最後にはブログのアドレスが書いてあるという名刺を渡され、「読んでね」と去っていった。すごすぎるんだけど、なにその神経、ウケる。あとにも先にも、出会ったことのない人種だった。もう顔も名前も覚えちゃいない。

あと、頭の傷。治ったけど、かさぶたとともに大量の髪の毛もはがれ落ちた。
これがいちばんショックだったなぁ。いまもそこには髪がない。もう一生ハゲのままだ。外からは見えないけどさぁ、ごっそり髪が抜け落ちたビジュアルの衝撃ったらやばいよ。泣いたね、泣いたよ。新しい美容院に行くたびに、「ここ、どうしたんですか!?」と聞かれるのはもういやだよ。

その後、なんとか復帰したけれど、いろいろあって1年目が終わる頃に適応障害で休職した。あのとき死んどけばよかったな、と何度も考えた。バカだな、生きててよかったよ。いまならそう思える。
もうあれから5年が経つ。


死ぬのはこわい。
あの事故を幾度反芻しても、やっぱり死ぬのはこわいなと思う。意識も肉体もなくなり、一度終われば二度と戻れない。それが恐怖なのだ。
これは生きることへの執着なんだろうか。そこまでして生きたい立派な理由もないのにね。

マリナさんのすさまじいnoteに便乗して書きました。
彼女の死生観と比べれば、私なんて産毛みたいなもんだけど(どういうこと?)

本当はもうひとつ大けがエピソードがあったのだけれど、もう文字数がえげつないのでまた今度。次は指がちょん切れたときの話するね。笑えるでしょ、まだ27歳だけど、結構満身創痍なのよ。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます!