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Totemo512の映画レビュー考察⑥ 映画『デイアンドナイト』編


映画.com komagire23名義より

(ネタバレ感想なので映画を見てから参照下さい)

「踏み越える善悪の境界線と、到達した思考の渦」

ラスト近くの明石(阿部進之介さん)が三宅(田中哲司さん)を襲うシーンは、自分も見ていて、やれ、殺せ、越えてしまえ!と心の中で叫んでいました。

それほどそれまでこの作品の中で明石が小さく越えて来た善悪の境界線の重なりに説得力があったと思われました。
逆を言えば、田中哲司さんや山中崇さんなどの握りつぶしたくなるような憎らしい演技の素晴らしさもあったと思われました。

そしてどれほどラストに明石が三宅を殺ってしまっていれば観客の自分がスッキリ出来たかと。
仮にそれで明石が刑務所に何年も入ったとしても、誇らしい精神が観客の自分にも映画にも広がったと思われます。

ところがこの映画が素晴らしいのは、そこで明石は三宅を殺さず、殺人は未遂で終わる所だったと思われます。

その後、三宅の娘や、大野奈々(清原果耶さん)の卒業式の場面が映され、明石に殺されかけた(観客の私にとって殺してしまった方が正当と思える!)三宅が、父親としてそこに妻と一緒に参加している場面が示めされます。

明石は殺人未遂の容疑者として逮捕され、その連行される場面をTVのニュースで見る明石の母親(室井滋さん)と大野奈々(清原果耶さん)の正面からのショットは、ぐるりと回転して行きます。

この映画の到達点は、観客の私たちにあるべき結論を示さず、ぐるぐると回転する思考の渦の中に落として行く場所だったと思われます。

話は飛んで『万引き家族』と『怒り』の映画のことをこの『デイアンドナイト』を見た後に考えていました。

李相日監督の『怒り』と是枝監督の『万引き家族』は、似ている題材を扱っている点があり、それは『怒り』で宮崎あおいさんがやっていた風俗嬢と、『万引き家族』で松岡茉優さんがやっていたJKリフレだと思われました。
『怒り』と『万引き家族』はその他でも扱われてる題材が、表からは見えない底辺の生活という意味で似ている気がしています。

ところがこの両作品から受ける印象はかなり違っています。
『怒り』ではレイプや殺人など、決定的な善悪を越える犯罪がされていて、そこから反動で受ける傷も尋常ではない地点に達していて、観客の受ける衝撃や重さも『怒り』のほうが深く重たかったと思われます。
逆に『万引き家族』ではそこまでの善悪を越える犯罪がなされているわけではありません。疑似家族を守るためのささやかな万引きなどの小さな犯罪が進行しているだけです。

私はここで『怒り』が優れていて『万引き家族』が劣っていると言いたいわけではありません。むしろ逆です。

李相日監督は私も好きな監督の一人で素晴らしい作品をこれまで作ってこられたと思われますが、日本の越えられない境界線を決断でもって越えて見せてくれる優れた映画監督だとも言えます。

しかし私としては是枝監督の『万引き家族』のどこか根源的切実さから遊離され、ごまかされていると感じる部分こそ、私たちの日本のリアルではないかと、『万引き家族』見た時に感じていました。

もしこの『デイアンドナイト』のラストで、明石が三宅を決断的に善悪の境界線を踏み越えて殺していれば、どれほど観客としての満足度の高い映画になっていたでしょうか。
しかし実際のこの映画の到達点は、その手前で遊離され、思考の回転へと観客を落として行く場所でした。

そしてだからこそ逆に自分の中の大切な何かをその思考の渦の中で照らし出しているようにも私自身は思われました。

このような、企画から6年の粘りで作品によって触れられた到達に、ひとすら静かな賞賛の感情が湧き上がっていました。

思考の回転の渦の中で、この先もまた皆さんと奇跡的にそれぞれの作品で出会えることを、観客としてですが期待しています。
素晴らしい作品を今回ありがとうございました。

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