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就職したり辞めたりした話

大学卒業後は、銀行に入社した。
制服を着て、窓口で事務手続きをしたり、投資信託の営業とかするやつです。金融には全く興味がなかったんだけど、たいした大学でもないし、銀行なら間口が広いだろうとか、安定とか、なんか頭良さそうとか、そういう頭の悪い理由で受けてました。
そんな状態だったので、就活とか本当に大変だった、、そもそもやりたいことがないのに大手ばかり受けて、学生時代は何も頑張らず、ベローチェでバイトだけしていたし。当然自己PRで書けることも何もなくて、バイトで冷蔵庫の整理をした話とか書いてた気がする。
でも就活が終わると、大学の同級生たちは立派な会社から何社も内定をもらっていて、できる子はできるのに、要するにわたしは不器用な人間なのだ。
みんな22歳でそんなに将来について考えられるものなのかい?

で、何とか銀行に入ったものの、3年ほどで辞めました。
日経新聞とかモーニングサテライトとか本当に興味が持てなくて。
営業は青天井のもと、毎月ノルマをこなすのが辛かった。
同世代の女の子同士で競争しなくてはならないのがいたたまれなかった。
お金が生み出すピリピリとした空気。

当時は社宅に住んでいたので、退職後は実家に戻るも、無職の娘が1日家にいることへの母親の圧力が凄まじく、どう過ごしたらいいかわからず、とにかく時間を持て余していた。ニートを楽しめるかどうかも才能だとこの時学ぶ。地元の地方都市で平日の昼間から一人コメダ珈琲でフロートとか飲んでたんだけど、それを思い出すと胸が苦しくなる。テラス席で豆菓子に群がる鳩とか眺めてさ。

それで、家にいなくて済む何かをしなくてはと考え、職安でみた職業訓練校に通うことにする。
大学生活も何もせず、銀行でもオリジナルの機器を使っていて、PCの使い方さえわからなかったので、いざ基礎操作を一から教えてもらえるところへ。
マウスのダブルクリックから練習して(真面目に)、タイピングとか、MicrosoftOfficeの使い方を一通り習いました。
職業訓練校では一応就活もしないといけなくて、求人票を見た時に星の数ほど会社があって、大海原に放り出されたような気持ちになったのを思い出す。この中からどうやって受けたい会社を見つけるの、と。

金融はもうこりごりだったので、自分の好きなことと関係していることがいいかもと思い、食品系の会社へ転職を考える。食べるの大好きー!
求人票の中に聞いたことのある会社名があり、海で溺れていたわたしは藁にもすがる思いで、その会社を受ける。学生時代と違って、今度の就活は銀行で頑張った話を作りやすかったので、なんとか雇ってもらい、再びOLをすることにした。
ここでは6年働き、20代から30代になり、カフェやりたいと考え、会社辞め、何もしていない今日に至ります。また分けて書くことにします。

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