食習慣は思春期特発性側弯症と関係がないことが明らかに
-女子中学生を対象とした詳細な生活習慣の調査を実施-
2019年10月31日
慶應義塾大学 医学部
この note は、PC用に作成されたPDFコンテンツをスマートフォンなどの小さい画面でも閲覧ができるように作成されたコンテンツです。また、SNSなどの共有サービスを使うことで医療という閉ざされたネットワークから、情報を必要とする人へのアプローチになればと思います。
要旨
慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄教授、渡邉航太准教授、東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野の西脇祐司教授、朝倉敬子准教授ら側弯症生活習慣研究グループは、東京都予防医学協会と共同で、日本人の思春期特発性側弯症(以下、側弯症)に関連する生活習慣について調査し、側弯症と食習慣には明確な関係はないことを見出しました。
思春期特発性側弯症は小学校高学年から中学生に発症する疾患で、成長するにしたがって背骨が捻じれるように湾曲します。側弯症の9割以上が女児で、その発生率は女子中学生の1-2%と言われています。
側弯症に罹患した児童及びその保護者は、摂取すべき栄養素・食品または摂取を控えるべき栄養素・食品について、日常の食生活に不安を抱えていますが、今までその疑問や心配に対して明確な答えはありませんでした。
このような現状を踏まえ、側弯症二次検診を受診した女子中学生2,431人を対象にレントゲン検査と詳細な食習慣についての質問票調査を行いました。
その結果、過去の動物実験やヒトを対象とした研究で脊椎の発生異常等に関係していると考えられていた栄養素を含む、検討したすべての栄養素・食品摂取量と側弯症の間には明確な関係がないことを見出しました。
今回の結果によって、側弯症の児童やその家族が側弯症と食習慣の関連について正しい情報を得ることができ、生活上の不安が取り除かれると考えられます。
この研究成果は10月1日、人間栄養学分野の総合科学雑誌『Nutrients』に掲載されました。
1.研究の背景と概要
1)研究の背景
側弯症発症の原因に関して、遺伝子、生活環境、ホルモンバランス異常、神経系の異常、力学的な要因など多くの研究報告があります。その中でも、遺伝的要因に関して、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の研究グループは、理化学研究所骨関節疾患研究チームと共同で、側弯症の発症に関連する遺伝子の研究を行い、「LBX1」「GPR126」「BNC2」などの多くの関連遺伝子を世界に先駆けて発見してきました(Ikuyo Kou and Nao Otomo et al., Nat. Commun., 2019、他)。
しかし、スウェーデンで行われた研究から、遺伝子の影響は発症原因の60%程度であると報告され、近年では再び胎内環境や出生後の生活環境、スポーツ歴、生活習慣なども関与していると考えられるようになりました。
本研究グループも先行研究で、バレエなどの一部の運動は側弯症と関連があることを報告しました(Watanabe K et al., J Bone Joint Surg Am. 2017)。
一方で、食習慣が側弯症に与える影響を検討した詳細な研究はこれまでになく、側弯症にならないため、摂取すべき栄養素・食品、その量、または摂取を控えるべき栄養素・食品、その量、について明確な答えはありませんでした。
動物実験ではビタミンAやB6、そして銅やマンガンなどのミネラルが脊柱の奇形を起こす可能性があると報告されてきましたが、これらが人の側弯症に関係しているかどうかについての研究はありませんでした。
また、人では側弯症患者で見られる骨密度の低さとカルシウム摂取量の低さに関係があるとの報告がありますが、側弯症の発症そのものと関連のある食習慣についてはこれまで研究がありませんでした。
2)研究の概要
慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄教授、渡邉航太准教授らは東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野の西脇祐司教授、朝倉敬子准教授らと側弯症生活習慣研究グループを構成し、東京都予防医学協会の阿部勝己理事、同健康教育事業本部学校保健部の高橋政道次長らと共同で、今回、側弯症検診に訪れた女子中学生の協力を得て、日本人の食習慣と側弯症の関連について調査しました。
日本国内では側弯症が発症しやすい10-14 歳時に学校で側弯症検診が行われています。学校で一次検診を行い、疑いがあった場合、X 線写真の撮影を含む二次検診を受診し、専門医により側弯が診断されます。
また、思春期特発性側弯症の9割以上が女児であるため、今回の研究は東京都予防医学協会において実施された二次検診を受診した女子中学生を対象としました。本研究は2013 年から2015 年の2 年間に行われ、受診した合計2,759 名の女子中学生のうち、2,747 人(99.6%)が研究への参加に同意しました。
今回の調査では、事前に側弯の診断がついている女子中学生は調査対象から除外し、その他、先天性側弯症(36 人)、心疾患合併例(20 人)、てんかん既往例(27 人)、椎体奇形(1 人)、さらに生理の状況が不正確な63人、アンケートの記載不十分な者169人は解析対象から外し、最終的に2,431 人を解析対象としました。本研究の参加者数は、過去の側弯症患者に関する疫学研究と比較して最大となっています。
研究参加者のX線写真を撮影し、それを用いて専門医が骨のコブ角を計測しました。臨床的な診断基準に基づきコブ角15°以上を側弯症(注1)と定義しました。
また、身長、体重の計測を行い、生理の状態や生活習慣に関する質問票、さらに簡易型自記式食事歴法質問票(小中高校生用、以下、BDHQ15y)を用いた調査を行いました。
BDHQ15yを用いると、調査日から遡って約1か月間程度の習慣的な栄養素・食品摂取量を定量化することができます。
情報収集の際には、側弯症の有無が質問票への回答に影響を与えないように診断前に質問票への回答をお願いするといった工夫をしています。
回答者が自分が側弯症である、もしくはそうでないことを知っていることにより回答の内容が変わる可能性がありますが、その問題点に対応しています。
データ取得後は、統計学的方法を使い、年齢、生理の状態、社会因子などが側弯症と診断されたグループとそうでないグループの間で差がないよう考慮し、グループ間の比較が正確に行えるようにした上で食事因子と側弯の関連を検討しました。
2.研究の成果と意義・今後の展開
多くの患者とその家族が食生活の側弯症への影響について心配していますが、今回の解析により、今まで関連があると考えられていたカルシウム、ビタミンD、ビタミンAやB6、銅、マンガンなどの栄養素摂取量はいずれも側弯症と明確な関連はなく、これらの栄養素を多く含む牛乳・乳製品、魚介類、肉類などの食品摂取量も側弯症と明確な関連はないことが分かりました。
今回の研究にはいくつかの課題があります。本研究の参加者は、全員、1 次検診で側弯の疑いがありとされた女子中学生であるため、一般集団を対象とした研究ではありません。
また、生まれてから中学生になるまでの全期間の食習慣の調査ではなく、調査前1か月間の食習慣を調査しています。しかし、食習慣は長期にわたり継続するとの研究も存在し(Lioret, S. et al. Eur. J. Clin. Nutr. 2013、他)、限定された期間についての食習慣に関する情報であっても、長期的な摂取量の多寡を反映していると考えられます。
さらに、側弯症と診断される情報と食習慣の情報を同時に収集しているため、食習慣が原因で、側弯症は結果という因果関係の方向の証明を厳密にすることは難しいと推察されます。
一方、本研究の強みは99.6%という極めて高い研究への参加率と、参加者数が2,431人と十分に確保されている点です。さらに参加者全員が専門医によってX 線写真で側弯の診断を受けているため、診断の信頼性が高く、加えて、食習慣の情報は妥当性の確認された食事調査法で収集されています。
また、年齢、生理の状態、社会因子などの交絡因子を十分に検討し、統計解析で調整を行っており、データは2 年間という短い間に収集されたため、世代による生活習慣の変化の影響を受けにくいと考えます。
先行研究では、肥満度を表すBMI について、BMI18.5 未満の痩せ傾向にある女児に側弯が多いことが報告されており、またこれらのことより、摂食障害、過剰な運動、低骨塩量、ホルモンバランス異常と側弯症との関連が示唆されることから(4.関連プレスリリース)、これらに関する詳細な研究については、今後の課題と考えられます。
本研究結果は、側弯症で悩む児童やその家族への生活指導において、有効な情報になると考えられます。
3.論文
<英文タイトル>
Dietary Habits Had No Relationship with Adolescent Idiopathic Scoliosis:
Analysis Utilizing Quantitative Data about Dietary Intakes
<タイトル和訳>
食習慣と思春期特発性側弯症とは関連しない:定量的食事摂取量データを用 いた解析
<著者名>
朝倉敬子、道川武紘、米澤郁穂、高相晶士、南昌平、曽雌茂、辻崇、岡田英次朗、 阿部勝己、高橋政道、松本守雄、西脇祐司、渡辺航太
<掲載誌>
Nutrients
<DOI>
10.3390/nu11102327
4.関連プレスリリース
思春期特発性側弯症(そくわんしょう)とスポーツ活動や生活習慣との関連 -適切なスポーツ活動や生活習慣指導へ-
5.補足説明
【用語解説】
(注1)コブ角15°以上を側弯症:今回の調査ではX線写真で骨のコブ角が15°未満は、 側弯と診断しないで、解析を行っている。
6.発信者・機関窓口
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部等に送信 しております。
【本発表資料のお問い合わせ先】
慶應義塾大学医部整形外科教室
准教授 渡邉 航太(わたなべわたなべ こおた)
TEL:03-5363-3812 FAX:03-3353-6597
E-mail:kw197251@keio.jp
http://www.keio-ortho.jp/
【本リリースの発信元】
慶應義塾大学
信濃町キャンパス総務課:鈴木・山崎
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
TEL:03-5363-3611 FAX:03-5363-3612
E-mail:med-koho@adst.keio.ac.jp
http://www.med.keio.ac.jp/
※本リリースのカラー版をご希望の方は上記までご連絡ください。