身寄りのない入居者が人知れず逝った、その後
こちらの記事の後日談
裁判所へ申し立てたあとは、ほぼ自動的に手続きが進む。
裁判所から管財人選任のお知らせが来ると同じくらいに管財人の弁護士から電話があり、現地調査の日程を調整した。
1月末、冬らしい日差しの強い日に女性弁護士、女性事務員の2名が来訪。シャネルのチェーンバッグに高い目のヒールというおよそ現場に似合わない出で立ちだったが、バックから黒いゴミ袋を取り出すとそのヒールをすっぽり覆うように履き、手慣れた感じで現場へ入っていった。さすが百戦錬磨といった感じ。
ドアを開けると変わらず郵便物の山。キャッシングの督促状が2,3枚増えている気がする。
「いや~めちゃくちゃ綺麗だね!!!!感動!!!」
「先生臭くなくてよかったですねえ!!」
女子二人はキャッキャしながら部屋で金目の物を探しはじめる。
この二人、遺体溶けてる現場でもシャネルでくるのかな、そんなことを思いながら二人を眺めていると、あっという間に捜索は進み、押し入れを残すのみとなった。ここまで金目のものは何もでてきていない。
「最後はこの押し入れか。せめてへそくりでもあると助かるけど…」
事務員がそうつぶやきながら押し入れを開ける。
「ぐえー!!!」
そこには、いま火葬が終わりましたと言わんばかりの骨壺が2つも鎮座していた。
「先生どうしましょうか…」
「ちょっと整理するからひとまずこのお骨は戻しましょう…」
そう言うと、大量の郵便物や数年使われた形跡のない通帳などだけを持ち出していった。
後日、以下のような連絡を受けた。
・残置物、骨壺の処分は相続が完了してから。その間はそれぞれ保管しておかなければならない。
・相続財産管理人の業務は、賃借人の債務超過が確定すれば5月(4ヶ月間)で終了。処分はそれ以降に実施できる。
・ただし、債務超過がなければ、5月からさらに6ヶ月程度の期間をとって相続人捜索公告をするため、年末くらいまで相続人の不存在は確定せず、それに伴い保管期間も延長となる。つまり、最長年内くらいは残置物、骨壷は保管しなければならず、その費用は、賃借人にプラスの財産がなければ結局賃貸人の予納金から出ることに。
・費用がかかるため、残置物、骨壷の処分は自分手配した方が安い。
「まだ1年もかかるんですか…先生、このままでは破産してしまいます…」
「まあ賃貸業ってそういう仕事ですからねえ…。私もなんとか頑張るのでしばらく辛抱ください」
そこから4ヶ月、全く音沙汰はなく、5月の連休明けに突然連絡があった。
いわく、賃借人の債務超過が確定したとのことで、これ以上の相続人捜索はない。先方から提示された賃貸借契約解除案に合意し、それが裁判所に許可されれば、残置物・骨壺の処理ができるとのことだった。
賃貸借契約解除案はあまり特別なことはなく、残置物の所有権放棄、未払賃料の債権放棄くらいが書かれていた。これはもともと諦めていたこともあり、すぐにサインをした。
さて、ここからは大家の仕事。まずは残置物と骨壺の処理。
残置物はくらしのマーケット経由で業者に依頼。骨壺はめちゃくちゃ頭を悩ませたが、弁護士先生が上手く取り計らってくれて区役所が無料で引き取ってくれた。
実はこの方、ある宗教の敬虔な信者でお墓も買っていたらしいが、問い合わせてみたところ、もう現世にいないので担当外と取り付く島なしだった。生前だいぶ寄進してたみたいなんだけど、金は来世に持っていけないってこのことか〜と妙に納得。ここまで3週間。
続いてリフォーム。いわゆる昭和の木賃アパートでいくら綺麗にしても賃料伸びは限定的なので、ひとまず最低限のリフォームをした。
・バランス釜交換 14万
・トイレタンク・便座・水栓交換 10万
・洋室化(畳⇒フロアタイル) 10万
・クロス張替え 4万
・エアコン交換、換気扇交換、専用回路増設 10万
・残置撤去 2万
・クリーニング 2万
計52万
(電気・水道・便座も半壊と設備ほぼ壊れていたのにどうやって生活してたんだこの人。部屋はめちゃくちゃ綺麗だったけど…)
並行して客付け。民泊利用あるかなと、民泊追加料金で可として売り出したが結局普通賃貸借り手がついた。ここまでで5週間。時は8月、約1年が経とうとしていた。
「トウキョウカサイですが」
休暇中の唐突な電話である。
「東京海上?なにか保険の問い合わせしてましたっけ?」
「あ、いえ、東京家裁です。裁判所です」
「あっ、失礼しました」
「相続管財人から業務完了の連絡を受けました。予納金の返還がありますので予めお知らせします」
「ありがとうございます」
「賃借人に財産がなかったらしく、管財人へ支払う手数料分はかかってしまうようです」
(やっぱりかー…)
(ドキドキ…)
「金額は5,000円くらい、どうしてもかかってしまうようです。それを差し引いた残額を指定口座へ振込します。振込期日は・・・」
「?!?!…ちょっとまってください。つまり返金が99万5000円くらいということですか??」
「はい、そうです」
というわけで、予納金回収率は99.577%、嬉しい結果になったのだった。
しかし管財人と一緒に遺品整理したときは小銭くらいしかなかったはず。通帳の残高ほとんどなかったし、親族もいない。なぜ…??
と、ここではたと気づく。
部屋に入ったときの郵便物の山。あの中に支払督促状がたくさんあったよな。
あれ、過払い金請求の対象だったんじゃね?!
お礼かたがた、久しぶりにシャネルチェーンバッグ先生に連絡を取ってみようと思うが、なんだか気後れしているうちに夏が暮れていく。
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