【第二回山本清流賞】九段理江『東京都同情塔』に決定。
さあ、始まりました。
山本清流賞は、完全なる素人である山本清流が直近の一ヶ月で読んだ小説の中から、いちばん推せる小説を選出する賞です。
今回は、2024年2月に読んだ作品が対象となります。
なお、自分のことは棚に上げているということを、ご理解ください。
厳正なる審査の結果、第二回山本清流賞は、九段理江著『東京都同情塔』に決定しました。
今回は、すべての作品が傑作であり、非常に悩みました。
最終的には、いちばんエネルギッシュで読みやすかった本作が選ばれました。
候補作と選評は以下の通り。なお、読んだ順番で並んでいます。
◯平山夢明著『ダイナー』……危険なバイトに手を出した主人公が、殺し屋限定の定食屋でウェイトレスをすることになるという面白い導入で始まった。その後、物語はずっと店の中で展開する。店にやってくるキャラクターはどれも個性的でインパクトがあり、引き込まれる。キャラクターたちの生い立ちやエピソードひとつひとつも魅力的だ。いろいろな意味で、小さな裏切りが多く仕込まれており、ずっと店の中にいるのに、物語に動きがあって飽きない。ただ狂っているだけではない、殺し屋たちの悲哀や絶望も垣間見えて、とても満足した。主人公とボンベロの関係が次第に変わっていくところも違和感がなく、作品の世界観からして難しいはずのラストも、丁寧な準備によって、うまく決まった。裏切りをつくろうとする作者の思惑が見え透いているところもあったが、あまり気にならなかった。そして、とにかく、ハンバーガーが食べたくなる小説であった。受賞もあり得たが、残虐すぎるところがあり、僕の好みではあるものの、オススメするのは難しくもあった。
◯石田衣良著『眠れぬ真珠』……版画家として成功している中年女性が、年下の若い男に恋をするお話。版画家として生計を立てていてプライドもある主人公が、恋をすることによって繊細になり、ちょっとした言葉や出来事に傷つくようになるところが生々しく描かれ、とてもリアルだった。恋愛をしたことがない山本清流としては、男女の駆け引きや独特なコミュニケーションの方法が興味深く、宇宙人の生殖実験を見学しているような気分になった。さすが石田衣良で、描写がキレイで、作品世界に没入することに心地よさがあった。恋人のために別れるという大人な決断や、好きな人を忘れられず攻撃的になる人への共感など、作品全体を通して優しい雰囲気があり、作品の深みを増しているように思えた。最後は寂しい感じで終わってほしかったが、読者への配慮なのか、異国の地で恋人と再会するという展開になり、一気に作りものっぽさが増してしまった。そこが少しもったいない、と感じた。
◯九段理江著『東京都同情塔』……芥川賞を受賞した純文学作品だが、面白いという噂を聞いて、読んでみた。噂は本当だった。東京の真ん中にシンパシータワートーキョーという犯罪者たちが快適に生活するための新たな塔が建つ計画があり、それに疑問を感じている建築家が主人公。決して重たい雰囲気はなく、丁寧に言葉を噛み砕きながら、ユーモアに、主人公の心の中の揺らぎや違和感が描かれている。言葉をこねくりまわす主人公や、明らかに一線を越えているアメリカ人ライターなど、ぶっ飛んだ語り部たちに引き込まれて、楽しく読めた。しかも、それだけではなく、ユーモアの裏側から、日本社会に対する鋭い洞察のようなものが現れ、作者の頭に広がるイメージが共有されて、心地よかった。設定もSFみたいでよい。僕もそうだが、あまり純文学は読まないという人でも、面白がりながら読めるはずだ。おすすめしたい。
◯ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』……貴志祐介のお気に入りだという有名なSF作品。植物に支配された地球の中を、好奇心と野心に導かれて、冒険するお話。植物の世界が魅力的だ。頭にへばりついて脳となるアミガサダケがとくに気に入った。人間がかつて地球を支配できたのもアミガサダケの祖先のおかげだというエピソードや、地球と月を行き来する巨大な蜘蛛がいるという設定など、自由に発想を広げつつ、なぜか、読者を納得させてしまうのだからすごい。SFというよりはファンタジー小説に近い感じがして、科学者が理屈をこねながら未知の世界を描きました、という感じの作品だった。ただ、あえてなのかもしれないが、出てくる生き物、植物たちの姿が、曖昧に描かれているところがあった。大きさや姿体について、読んでる途中に、あれ、イメージしてたのと違った、と、修正することもあった。すらっとイメージできないと頭を使うことになり、その労力のぶん、受賞から一歩、遠のいた。