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【第三回山本清流賞】『ボルヘス怪奇譚集』に決定。

 さあ、始まりました。

 山本清流賞は、完全なる素人である山本清流が直近の一ヶ月で読んだ小説の中からいちばん推せる作品を選出する賞です。

 今回は、2024年3月中に読んだ作品が対象となります。







 なお、自分のことは棚に上げているということをご理解ください。






 厳正なる審査の結果、第三回山本清流賞は、ホルヘ・ルイス・ボルヘス編、柳瀬尚紀訳の『ボルヘス怪奇譚集』に決定しました。

 候補作と選評は以下のとおり。

◯東野圭吾著『怪笑小説』……ブラックユーモアな短編集。どの作品からも作者の少し意地悪な笑いが見えてくるが、中でも『しかばね台分譲住宅』が頭抜けていた。家の前に死体が置いてあるという導入で、シリアスな展開を予想してしまったが、騙された。人間のすごく嫌なところを、スポーツのような面白さで笑いに変えてくれる。人間の嫌な一面を見てしまったというときに読むと、かえって笑い飛ばせるような作品になっているのではないか。そういうときにオススメする。ただ、棘のある作品集であるため、お笑いと同じで、万人向けとは言い難い。

◯ボルヘス『ボルヘス怪奇譚集』……世界中の書物の中から、数行から数ページくらいの短い文章を切り取って、コラージュのように集めた作品集。物語として面白い作品だけでなく、物語にすらなっていない短い文章も多い。小説の一部として埋まっていたら読み飛ばしてしまいそうなところをすくい上げ、クローズアップして、味わいのあるものにしていた。似たもの同士を近くに配置するなどの工夫もあり、教訓のようなものが背後に眠っているような感じがして、なにか壮大なものが感じられた。思わず、何度も読み返してしまうようなものばかりだ。というより、一度読んだだけじゃ、なにもわからない。どれも短いのに、頭の中に現れる世界は途方もなく巨大で手に負えない。そんな感覚が心地よかったので、オススメする。

◯ジョン・スパイツ、デイモン・リンデロフ著『プロメテウス』……僕がいちばん好きな映画、『プロメテウス』の小説版。エイリアンシリーズには、ホラーのようにじわじわと不気味さを増していくやつと、パニック映画のようにぐちゃぐちゃになるやつがあるが、本作は前者。僕は前者が好き。古代の遺跡の数々から似たような星の図が発見され、その星に向かうと、人工のものと思われるものがあり、そこを探検すると、知的生命体の遺体があり……と、動線がきれいで、淀みなく、丁寧に案内してくれる。脚本家ならではと言うべきか、視点や意識の動きがわかりやすく、情報提示のタイミングや順番も効果的になるように練られているように思えた。ただ、脚本だからなのか、最短距離をうまく導き出しているせいで、描写が事務的になっているように感じた。映画のようにはいかないが、小説で迫力を出すことを諦めてはいけない。

◯村田沙耶香著『マウス』……嫌われないように周りに気を遣いすぎてしまう主人公が、少し特殊な子と出会い、生き方を模索していくようなお話。おそらく多くの読者は主人公に共感できるので、作品世界に入りやすい。教室で浮いている瀬里奈はミステリアスで、つい引き込まれてしまう。しかも、いくつも展開があって、瀬里奈への印象が変わったりして、目が離せなくなった。全体を通して、自分を出せなかった女の子が自分のことを受け入れて認めていく、という話なのかな、と思ったが、そのように単純にまとめることを作者が嫌がっているようにも感じられた。その作者の意地によってか、作品が閉じず、深まった。村田沙耶香にしてはハートフルな作品だった。温かいお話が苦手な僕でも楽しめたくらい、読みやすい作品だ。けれど、僕の好みで言うと、もっとぶっ飛んでいる『コンビニ人間』や『殺人出産』のほうが好きである。