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【第五回山本清流賞】横溝正史著『八つ墓村』に決定。

 さあ、始まりました。

 山本清流賞は、山本清流の独断と偏見によって、直近の一ヶ月間に読んだ小説の中からいちばんオススメできる作品を選出する賞です。

 今回で五回目。






 作家を比較するようなことをすると不快になる人がいるかもしれない(ファン等)ので、今回から、同一作家の作品に限定して選考をすることになりました。

 今回は、横溝正史です。





 横溝正史と言えば金田一耕助でありますが、実は僕、金田一耕助はドラマでしか見たことがありませんでした。

 それも、NHKでやってた池松さんのちょっとコメディーっぽい感じの金田一耕助を見たことがあるだけでした。






 
 今回、はじめて読んでみて、本物の横溝正史の世界を味わいました。

 総評としては、まず、文章がやや昔の純文学でした。時代を感じます。知らない言葉が多く、スマホで調べても出てこない言葉がちらほらありました。その点、少し読むのに苦労しましたが、どれも冒頭から引きが強い。それでいて、最初から最後までサービス精神旺盛で、飽きさせないように事件や疑惑が豊富でした。多くのエピソードで事件を複雑化し、なおかつ、それらを最後にまとめる技量があり、どれも満足度が高かったです。

 





 
 正直、全部、傑作でしたが、厳正なる審査の結果、第五回山本清流賞は『八つ墓村』に決定しました。

 候補作と選評は以下のとおり。なお、読んだ順番で並んでいます。



◯『八つ墓村』……冒頭の舞台設定の説明に魅了され、最初からスイッチが入った。八つ墓村に行くまでのパートのワクワク感は大きく、いい具合に盛り上がったところで村へと足を踏み入れた。相次ぐ事件にとくに色はないが、その裏で展開される怪しい動きが事件を背後から盛り上げ、文字を目で追うモチベーションが下がらない。キャラクターの描写や説明、変化などが丁寧に描かれていて、この人が犯人か? いや、この人か? などと考える時間が用意されていた。後半の洞窟の探検は、怖いもの見たさで危ないところに近づきたがる子供のころの気持ちを思い出すほど、とても胸が高鳴った。とても長い作品だが、長さを苦痛に感じた瞬間はなかった。一方で、大金を手することを喜ぶ気持ちがストレートに表現されすぎていることに違和感を覚えた。おそらく現代の日本では、お金ではなく、どう生きたいか、などという姿勢のほうが自然だが、時代による価値観の違いだろうか。そのぶん人々の心が剥き出しで、なにか起こりそうな不気味な空気がずっと行間に漂っていた。世界観が完全に僕の好みであった。

◯『本陣殺人事件』……角川文庫から出てる作品集で、『本陣殺人事件』のほか、『車井戸はなぜ軋る』、『黒猫亭事件』が入っていた。『本陣』は密室もので、奇抜なトリックが面白かった。それに加え、怪しい人物の扱い方がうまくて惹かれるし、事件の解明につながる伏線を不気味に提供してくれる。どうつながるのか、わからなくても、ひとつひとつの謎が良い味わい。『車井戸』は、ある人物への疑惑が膨らんでいく中で事件が起こるが、きっとミスリードだろうと思っていると、実際そうだった。それでも読み終わったときに満足感があるのは、作品自体がそういう仕掛けのみに頼りきっていないせいだろうか。『黒猫』は、この三編の中では、いちばん僕の好みだった。情報を豊富に提供してくれるため、なんとなく事件の姿が見えるが、でもたぶん違うものを用意してるんだろうなぁ、と思っていたら、実際、見えていなかったところに連れて行かれた。最後、ひとつひとつの伏線から論理的に理詰めで事件を解き明かしていくさまは圧巻。こんな解決編を書いてみたい。本格ミステリの面白さがぎゅっと詰まっているような作品だった。

◯『獄門島』……閉鎖的な瀬戸内海の島で、美しい三姉妹が次々と殺されていくというお話。獄門島という舞台にまず涎が出てくる。やはり横溝さんは冒頭で心を鷲掴みにするのがうまい。この作品は、『八つ墓村』と比べると、事件の背後の動きよりも、事件そのものに焦点をあてていた。ひとつひとつの事件に色があって、ミステリとしての面白さは十分なのだが、ひつとひとつの事件が独立している感じがあり、短編にもできそうな事件三つを長編にまとめました感があった。事件の真相からするとそうなってもいいような気もするけれど、少しチグハグで、獄門島という涎が出てくる不気味な設定のうえに、うまくはまり切っていない感じがした。いや、というより、ミステリという虚構の世界と、恐ろしい島がべつべつに存在していて、二つの世界を行ったり来たりしている感じで、ずっと獄門島にはいなかった、というのが僕の感触である。その点が気になったため、読んでる間ずっと八つ墓村にいた、という実感のあった『八つ墓村』には勝てなかった。