Dancemania SPEEDの歴史25(終)~SPEEDのその後と総括~
2007年4月にHAPPY SPEEDがリリースされ、それをもってSPEEDシリーズは終了となりました。終わりこそしましたが「Dancemania SPEED」が初めて世に出てから9年の期間リリースを続けたこと、そしてCDの帯でも宣伝しているシリーズ累計170万枚以上という大記録は、それぞれ十分に誇れる実績です。
かの日本を代表するハードコアDJ Uraken氏は、2000年に発売した自身初のミックスCD「HAPPY MANIA」の中で、当作リリースの背景に「Dancemania SPEEDシリーズのヒットによってハードコアが日本に受け入れられた」ことを理由の一つだとする趣旨の文面を書かれていました。
SPEEDシリーズのヒットは、それまであまり馴染みの無かった「ハッピーハードコア」というジャンルを日本に根付かせ、国内外のDJたちに多大なる影響を及ぼしたのです。
それだけでなくSPEEDシリーズを聴いて作曲を始める人や、SPEEDシリーズに影響され作風が確立するアーティストも出始めるほどで、何よりも今現在のオタク分野・サブカル分野における音楽カルチャーの中で小さくない割合を占めるハードコア音楽の土壌は、間違いなくDancemania SPEEDシリーズによって形作られました。
しかしSPEEDシリーズは「Dancemania」シリーズの製作休止とともに、前述通りその役目を終えました。
……と思いきや、HAPPY SPEEDから1年後の2008年、当時EMIが注力していた姫トラシリーズの新作で「姫トラSPEED」というCDがリリースされます。タイトル的にも確実にSPEEDシリーズを意識したアルバムであり、実際収録曲の多くがSPEEDシリーズからの再録で構成されていました。
トランスでも何でもないButterflyやCARTOON HEROESのアレンジが入っていることに違和感もありつつ、CDとしての評判は意外と上々で、EMIがSPEEDシリーズとして残した楽曲たちが、2008年になっても未だ人気・クオリティともに健在であることを証明してみせました。
ちなみに当作には、音ゲーでお馴染みのkors k氏やREDALiCE氏が参加している他、SAIFAMからもアヴリルのGirlfriendのリミックスが収録されています。SAIFAMのHP等に「Girlfriend(Speedy Mix)」の記載が何も無いので、既存のHannaアレンジを今作用に外部リミックスしたのだと思われますが、SAIFAMファン的にはやはり抑えておきたい一曲でしょう。
そして姫トラSPEEDの1年前、HAPPY SPEEDが出て5ヶ月後の2007年9月にEXIT TUNESより、Ryu☆氏もアレンジャーとして参加した「SPEEDアニメトランスBEST」の1作目がリリースされました。
「アニトラ」がSPEEDシリーズの精神的続編ではないか、とアニメSPEEDのページで書きましたが、それを裏付けるような「SPEEDシリーズ的なアレンジ」が多数収録されている当作。Dancemaniaシリーズに影響を受けたRyu☆氏が後々EXIT TUNESの取締役になることを考えると、当作の企画・プロデュースに氏が関わっていた可能性は高いと思われます。
アニトラシリーズは有名・最新アニソンをSPEED(とトランス)アレンジで収録するそのコンセプトが受け、ニコニコ動画最盛期でアニソンそのものへの注目度が高まっていたことも追い風となり、最終的に2015年までの8年間継続してリリースされ続けていました。
またEXIT TUNESは、ニコニコMAD作品で2008年ブームとなった「ウッーウッーウマウマ(゚∀゚)」ことキャラメルダンセンにも注目し、ウマウマをシングルカットするだけでなく、ウマウマを主とした高速ユーロダンスコンピレーションもリリースします。
キャラメルダンセンは典型的なバブルガムダンスで、それをBPM170帯でリミックスする一連の流れは、SAIFAMのJenny Rom等と同じ手法。MAD作品として映像や空耳込みでブームとなった背景はありますが、SPEEDシリーズで人気となった高速ユーロダンスの普遍性の高さを改めて実証する形に。
そしてユニバーサルミュージックに吸収されたEMIが、HAPPY SPEEDから6年後の2013年、突如「演歌SPEED」という名のアルバムを発売することに。
EMIが「SPEED」の名を冠するアルバムと出すとあって、当作は実質SPEEDシリーズの新作として見られ、往年のSPEEDリスナーたちが(演歌という題材は置いといて)にわかに色めき立ちました。
……が、最高BPMは160とSPEEDリスナー的に「遅すぎる」アレンジばかりで、形の上ではSPEEDシリーズなものの、間が空きすぎていたのもあり、基本的には「単発作」として現在扱われることに。
「SPEEDシリーズ」の流れを汲む商業作品は、今の所はアニトラ、演歌SPEED以降は特に出ていません。が、それまでの歴史やニコニコ以降の同人アレンジの活発化等もあり、高速アレンジという概念そのものはかなり一般化されました。
ちょうど2000年代後半に、波形編集ソフトによる高速・ピッチ変化リミックスを主とするNIGHTCORE(ナイトコア)が生まれたことが、アニソン等のオタク・サブカル界隈でのハードコア音楽の発展には大きな貢献を果たしています。
YouTubeでアニソンの独自のUK HARDCOREリミックスやNIGHTCOREリミックスが数十万回再生されたりと、その波はJ-COREの発展とともに、今や一大音楽ジャンルとして立派に成長している程です。
G5収録のPOISONOUSのNIGHTCOREリミックス
「ハッピーハードコア」というジャンルそのものについては、SPEEDシリーズや音楽ゲーム等によるムーブメントももちろんありつつも、それだけでなくGUHROOVYやDJ EVIL氏他、多くの日本人DJたちによる普及活動もあって現在があります。
そしてSPEEDシリーズにより発展したもう一つの側面「高速アレンジ」という方向性についても、Ryu☆氏筆頭に多くのコンポーザーたちの活躍、ナイトコアというジャンルの成長等によって、より幅広くクラブミュージックとして浸透していきました。
SPEEDシリーズがもたらした影響等については(そこまで詳しくない筆者が調べられる範囲では)以上となります。ここからは、SPEEDシリーズに携わった人物・レーベルのその後について記載していきたいと思います。
まず立ち上げメンバーであるKCPについては、2020年現在、残念ながら完全に不明です。G4までノンストップミックスを担当したK.O.G森田氏は大阪でDJをやっているという噂もありますが、確実なことはわかっていません。
後期後半に特に活躍したアレンジャー集団Venturaは、チームとしては解散したものと思われますが、メンバーの一人でもあったQuiqman柴田氏は横浜DeNAベイスターズの「ハッピースターダンス」等を制作し、現在も音楽活動を続けています。
ハードコアDJたちも、基本的には今現在も第一線で活躍中です。ライナーノーツを書いていたDJ EVIL氏はもちろん、Brisk、Scott Brown等のベテランDJたちも変わらず精力的な活動を続けていますし、G4・G5で参加した当時新人のDarwin、Fracus、Gammerも今やすっかり大物DJの仲間入りに。StompyやEuphoriaは休止期間もあったようですが、最近になってまた活動を再開しています。
中~後期を支えた3本柱のうち、SAIFAMは現在も音楽レーベルとして絶賛活動中。昔と変わらず多彩なオリジナル曲、そしてフィットネス用・イベント用の洋楽アレンジ曲を多数輩出しています。
Speed RecordsもSPEEDシリーズ時の鮮烈なアレンジこそ少なくなりましたが、未だに新規アレンジが出続けています。
LEDは2010年頃まではトランス系統等にも手を広げ新曲を出していましたが、それ以降は再録のアルバムが出るのみで、2013年を最後に再録アルバムの更新も途絶えてしまいました。SEBのWikipediaによれば新規ユーロビート楽曲自体が2009年でストップしているらしく、恐らく現在はLED Recordsとしては活動していないものと思われます。
Runawayは総合プロデューサーChris Bucknallが2008年にCubit Recordsというレーベルを立ち上げ、海外向けに活動を続けていました。……が、2012年にRTTF Recordsという日本のレーベルにオリジナル曲が収録され、その後も同レーベルのCDに定期的に参加することに。
こちらのRTTF Recordsは日本人DJ Hyuji氏を中心としたダンスミュージックを主としたレーベルで、またHyuji氏は日本で有数のDancemaniaファンとしても知られています。
同レーベルにはSPEEDシリーズの系譜となるようなCDやアレンジも数多く、前述のアニトラシリーズ同様に「SPEEDシリーズの意思」を次ぐアーティスト・レーベルとして、現在進行形でアルバムリリースやイベント等を行っています。
ちなみにSPEEDシリーズのこのnoteにおいては、各曲の詳細な情報や仮トラックリスト、アレンジャーやアルバムに関する豆知識まで、Hyuji氏から多数の情報提供をしていただきました。各アルバムの詳細な記事が書けたのは、ひとえにHyuji氏のお陰でもあります。この場を借りて、改めてお礼申し上げあげます。ありがとうございました。
DancemaniaシリーズはHAPPY SPEEDの2007年から4年後、2011年にSparkleというアルバムで復活します。その後も数年おきにぽつぽつと新作は出ていますが、演歌SPEED以外のSPEEDシリーズの復活は未だありません。
仮にBPM170以上の新作で復活したとしても(SAIFAMやハードコア楽曲はともかく)KCPメンバーやLEDレコードが参加するかは不明で、また現在では音楽ゲーム方面で特に高速曲も多くなり、ナイトコアがYouTubeで多数聴けることも踏まえれば、わざわざ「Dancemania SPEED」である必要性はもはや無いのかもしれません。
しかし、それでもハピコア、ハードコア、ニュースタイルガバ、ユーロビート、スピードダンスといった様々なジャンルが「SPEED」の名のもとに集まり一つの作品として形成されていたSPEEDシリーズは、それを経験したリスナーからすると、もう一度新作を聴いてみたい「最高のコンピレーションアルバム」だったのではないかと思います。
SPEEDシリーズで活躍したDJ・レーベルの現在進行形の活躍。SPEEDシリーズの意思を継ぐ者たちの新たなる活動。そしてSPEEDシリーズと直接関係は無くとも、そのムーブメントから新たに生み出されたハードコア音楽・高速アレンジの進化などなど。
BPM170オーバーの曲を巡る歴史がこれからも紡がれていくであろうこと、また「Dancemania SPEED」の新たな一ページが今後刻まれることをそれぞれ願いつつ、この辺りでこのnoteを終わりにしたいと思います。
この後もSPEEDシリーズについて記事は書くつもりですが、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。元々SPEEDシリーズが好きだった人に当時を思い出していただけたなら、そして一人でも多くの方にDancemania SPEEDを知っていただけたなら、筆者としてはこれ程嬉しいことはありません。