自己申告の症状でCOVID-19を予測できるか?

Nature Medicineから症状のみでCOVID-19の診断予測ができないか?という論文が出版されていたので,これを読んで見た.


Summary

合計 2,618,862 人の参加者が、スマートフォンベースのアプリで COVID-19 の潜在的な症状を報告
このうちSARS-CoV-2検査を受けた18,401人のうち,嗅覚と味覚異常を報告した参加者の割合は,検査陽性で4668/7178(65.03%), 陰性2436/11223 (21.71%)人であった.(オッズ比=6.74、95%信頼区間=6.31-7.21)
感染可能性を予測するための症状モデルを症状を報告したすべてのアプリユーザー(805,753人)のデータに適用し,140,312人(17.42%)の参加者がCOVID-19に罹患していると予測した.
年齢,性別,味覚・嗅覚の消失,重度の疲労,重度か持続的な咳嗽,食欲不振(食事を抜いた)を含む症状の組み合わせはCOVID-19の潜在的な予測因子であった

COVID-19を診断するのは難しい

COVID-19は新型コロナウイルス重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)による急性呼吸器疾患である.COVID-19では多くの人がインフルエンザ様の症状を呈し,ただの風邪や他の感染症との鑑別に労力を要する.

現状,COVID-19を診断するためのレファレンススタンダード検査(要はきちんと診断する検査)がないことが問題である.PCR検査を代替の診断検査として用いているが,PCR検査でも感度は70%前後で,発症早期であると20%程度まで低下する可能性が報告されている.このためオンタイムにCOVID-19の実在を証明は非常に難しいのである.

個人的には,時間を置いてPCR検査を繰り返すがことがリファレンススタンダードにふさわしいと思っている.感度が低い検査は繰り返し行うことで除外診断を行うことは理にかなっている.しかし,日本のようなPCR検査のリソースリミテッドな状況ではこれは行えないし,資金・人材的には膨大な資源を要しできたとして躊躇するレベルと思う.あくまで,3連PCRは”絵に書いたもち”で達成可能性の低い理想である.

検査で診断できないなら,症状でCOVID-19っぽいかを予測したい

このような状況下では,検査に頼らず,症状から診断の可能性を層別できると非常にありがたいわけだ.検査を行う対象を絞れれば繰り返しPCRを行うことも可能になるかもしれない.

今の所,日本だけでなく,米国や英国をはじめとするほとんどの国でも広範囲な集団検査はまだ実施できていない.したがって、COVID-19を最も予測する症状の組み合わせを特定することは、自己隔離の推奨,本疾患のさらなる拡大を防ぐ上で重要と考えられる.

嗅覚・味覚異常でCOVID-19を予測できないか?

これまでの症例報告や各国の主流メディアの記事によると,COVID-19と診断された多くの患者が嗅覚異常(無臭症)を発症していると報告されている.このため,この研究では,軽症例の患者を特定するためのスクリーニングツールとして利用できる可能性を検証している.

研究の概要

【情報取得】アプリベースの症状トラッカーを使用.症状トラッカーは、2020年3月24日に英国で、2020年3月29日に米国で発売された無料のスマートフォンアプリ
【対象】2,618,862人
【期間】2020年3月24日~4月21日
【主要評価項目】嗅覚と味覚異常の有無
【Target condition】Reference standard 陽性
【その他の収集項目】症状(発熱,持続する咳嗽,疲労,呼吸困難,下痢,せん妄,食事を抜いた(Skipped meal),腹痛,共通,嗄声),入院の有無,逆転写PCR(RT-PCR)検査結果,人口統計学的情報,既往症などの自己申告の健康情報を毎日記録
【結果】
・英国では2,450,569人、米国では168,293人がスマートフォンアプリを通じて症状を報告
・英国の2,450,569人の参加者のうち、789,083人(32.2%)がCOVID-19の潜在的な症状が1つ以上あった
・英国では 15,638 人,米国では 2,763 人のアプリ利用者が、RT-PCR SARS-CoV-2 検査を受けた.
・英国コホートでは,6,452 人で陽性,9,186 人で陰性
・陽性患者では64.76%で嗅覚・味覚異常(喪失)があり,陰性患者では22.68%が嗅覚・味覚異常(喪失)を報告.
・嗅覚・味覚異常(喪失)の年齢,性別,BMIを調整した後のオッズ比(OR)=6.40;95%信頼区間(CI)=5.96-6.87;P<0.0001)
・米国サブセットでも同様の結果(調整後OR = 10.01;95%CI = 8.23-12.16;P < 0.0001)
・逆分散固定効果メタアナリシスによる統合でも同様の結果(OR = 6.74;95%CI = 6.31-7.21;P < 0.0001)

・年齢,性別,BMIを調整したロジスティック回帰で10の症状(発熱、持続的な咳、疲労、息切れ、下痢、せん妄、食事をしない、腹痛、胸痛、嗄声)がすべてCOVID-19陽性と関連
・米国のコホートでは、匂いや味覚の喪失、疲労、食事の欠食のみが陽性と関連.

画像1


図は本文から引用

予測モデルの作成

・英国コホートをトレーニングセットとテストセット(比率:80:20)に無作為に分割し,COVID-19と最も強く相関する独立した症状を同定するために年齢,性別,BMIを調整して段階的ロジスティック回帰を行った
・匂いと味覚の喪失、疲労、持続的な咳、食欲不振の組み合わせが最良のモデルをもたらした(最も低いAIC)
・そこで,匂いと味の喪失,疲労,持続性咳嗽および食欲不振を含む症状の線形モデルを生成しCOVID-19の症状予測モデルを作成した

Prediction model=−1.32−(0.01×age)+(0.44×sex)+(1.75×loss of smell and taste)+(0.31×severe or significant persistent cough)+(0.49×severe fatigue)+(0.39×skipped meals)
年齢以外,全て2値変数,男性:1,症状あり:1

・得られた値はexp(x)/(1 + exp(x))変換を用いて予測確率に変換
・COVID-19予測確率>0.5の場合に割り当て、確率<0.5の場合はコントロール
・英国のテストセット:予測モデルは感度0.65(0.62-0.67)、特異度0.78(0.76-0.80)、AUROC0.76(0.74-0.78)、PPV0.69(0.66-0.71)、NPV0.75(0.73-0.77)
・Internal validation:AUROC0.75(0.74-0.76)
(嗅覚,味覚異常をモデルから除外すると、感度は低下(0.33(0.30-0.35),特異度は上昇(0.84(0.83-0.86))
・米国コホート:AUCROCは0.76(0.74-0.78),感度は0.66(0.62-0.69)、特異度は0.83(0.82-0.85),PPV0.58(0.55-0.62)、NPV0.87(0.89)

ちなみに嗅覚・味覚異常がメディア報告後に増加したのではという懸念があったため,その影響について期間を区切って検証すると,

(1) 2020年3月24日~4月03日 UK OR 4.98 (4.47-5.56) ,US 8.13(5.18~12.78)
(2) 2020年4月04日~4月10日 UK OR 6.64 (5.75-7.68), US 12.30 (8.96~16.90)
(3) 2020年4月11日~4月21日 UK OR 10.40(9.08-11.91), US 9.13 (6.73–12.38)
であり,UKではメディア報道後に上昇していた.

この研究の限界

データが自己申告であり,きちんとした評価による症状の有無ではない.味覚異常と嗅覚異常は混同される可能性がある.

時系列が不明であり,どのタイミングでこのモデルを用いればよいかは不明である.

SARS-CoV-2の検査がランダムではなく,モデルの開発データセット自体に代表性がないかもしれない.流行地域在住者の受診,接触者の受診,外来受診,ED受診,入院が必要な集団,重症患者,医療従事者で異なる可能性がある.したがって,今回の集団では過剰適合している可能性がある.

アプリ使用者はボランティアであり選択バイアスの可能性.

嗅覚,味覚異常はメディア報道後の影響を受けている可能性.

結論

アプリデータを使って,嗅覚・味覚異常がCOVID-19を予測してることを示した.また,予測モデルを作成し症状からCOVID-19を予測する可能性を示した.

しかしながら,嗅覚・味覚異常は通常の風邪でも経験することであり,さらなる追試が必要である.また,アプリデータの集団の代表性がわからず,どの集団に適用すべきかは不明である.様々な集団で外部検証が行われてから使用されるべきであると思われる.

なおこの研究のデータはシェアされている.

Anonymized data collected by the symptom tracker app can be shared with bonafide researchers via HDRUK, provided the request is made according to their protocols and is in the public interest (see https://healthdatagateway.org/detail/9b604483-9cdc-41b2-b82c-14ee3dd705f6). US investigators are encouraged to coordinate data requests through the COPE Consortium (www.monganinstitute.org/cope-consortium). Data updates can be found at https://covid.joinzoe.com.
Code availability
The app code is publicly available from https://github.com/zoe/covid-tracker-react-native.


参考:質問アプリの質問項目

熱がありますか?
持続する咳(1時間以上で何度も咳が出ている,24時間で3回以上の咳が出ている)がありますか?
普段ない疲労感がありますか?
頭痛がありますか?
普段ない息切れ(short of breath)がありますか?
喉の痛みがありますか?
嗅覚/味覚の喪失がありますか?
普段ない嗄声がありますか?
普段ない胸の痛みや胸部の締め付け感がありますか?
普段ない腹痛がありますか?
下痢がありましたか?
普段ない強い筋肉痛がありますか?
次の症状がありますか?:混乱,失見当識,傾眠
これまでに食事を抜きましたか?
その他にシェアしておきたい症状はありますか?

Author: Y


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