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クリムト展(私がクリムトに惹かれる理由)

昨年から心待ちにしていた東京都美術館のクリムト展に行ってきました。

20歳くらいの頃に、初めてクリムトの絵を観てから大好きになり、その後なかなか目にする機会がなく、今回の展示をとても楽しみにしていました。

私はなぜ、クリムトに惹かれるのか。

一つは、死のにおいが漂っているからだと思います。

今回、たくさんのクリムト作品を一堂に観て感じたことは、通奏低音のように死の影がどの絵にも根底に流れているということでした。とてもかわいい、クリムトの姪の横顔『ヘレーネ・クリムトの肖像』(上の画像)にさえも、死のにおいを感じます。それは彼女の父の死のせいなのか、この若い美しさも永遠ではないということなのか、私はその両方なのではないかと思います。しかし、その死のにおいが一層彼女の儚げな美しさを引き立てているのです。


二つ目は、生命とくに生命を生み出す女性に対する畏敬の念が現れているからだと思います。

やはりこれも彼が死を強く意識していた現れではないでしょうか。性の対象としてだけでなく、生命を生み出すという神秘をたたえた美しさに大きな畏敬の念を抱いていたように感じます。(上の画像は今回の展覧会の図録の表紙『女の三世代』です。もう1タイプ『ユディトⅠ』が表紙のものと2タイプ販売しています。)


クリムトの描く風景画もとても好きです。彼なりにいろんなこととのバランスを取ろうとしている視線が感じられます(上の画像は『丘の見える庭の風景』)。いつも死や生に真剣に向き合っていると、とても精神をすり減らします。特に家族の不幸などもあった彼は、なおさらでしょう。でも、そこから少し引いた目で自然あふれる世界を見渡してみると、毎年変わらず(実際には絶えず変わっているけれど)咲く花や木々の緑が目に入り、その風景がどんなに彼の心をニュートラルにもどしてくれる役割を果たしただろうと想像します。


今回の展示で私が一番惹かれたのは、今はもう存在しないウィーンの大学の3点の学部画『医学』『哲学』『法学』(上の画像は『哲学』)です。焼失し現存しないのが本当に残念ですが、このモノクロの写真からさえも、彼の考えは十分私の心を揺さぶります。

『ベートーヴェン・フリーズ』も複製とはいえ、とても素晴らしい空間でした。ベートーヴェン交響曲第9番をテーマとしていると言われるこの作品は、余白を効果的に配置したすっきりとした構成とクライマックスに向かっていく高揚感が、まさに第4楽章『歓喜の歌』のイメージとぴったり重なってきます。

そして、『亡き息子オットー・ツィンマーマンの肖像』。こんなに悲しい絵があるでしょうか。私にもし、絵を描く能力があり、このような状況に身を置くことになれば、私も間違いなく彼と同じように、この幼く美しい生命を絶たれたばかりの小さな姿をどうにかこの世に残したいと無心にチョークを走らせたことでしょう。


機会があれば、ぜひクリムト展で、死の気配により一層生命の美しさをひきたてるクリムトの作品に向き合ってみてください。

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