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西大島の両さん~出会い

下町へのあこがれと東京生活

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(通称「こち亀」)がテレビで放送されて、あの警察官の両津勘吉(両さん)の存在を知ったのは小学生のころだった。毎週楽しみに観ていると、こち亀は単なるギャグ漫画というだけでなく、東京の歴史や、人のあたたかみが伝わってくる作品だと気付きたい。そして、小学生のくせに行ったこともない「下町」が妙に懐かしくなって住んでみたいと思うようになっていた。

生まれ育った福島の高校を卒業して、進路をどうすればよいかわからず、結局私は浪人。学校の勧めで通った荻窪の予備校で、他の東京人から受ける仕打ちにこち亀で見たような人間のあたたかみてやっぱり東京にはないんじゃないかと思っていた。

なんとか入った大学をなんとか卒業し、新卒で入った会社は東京の西大島というところにある小さなIT会社。少人数のIT会社に入れば、たくさんのことを経験できて将来にも役立つだろうという夢に溢れていた。ちなみに、会社は下町という場所で選んだのではなく、受かったのがその会社だけだった。社長の勧めで会社から連絡歩いて5分のところに住むことになった。今となっては、社長はなんだかんだ理由をつけて交通費をケチりたかったんだ。

フタを開けるとなかなか大変な境遇。学生インターンとして入った2011年の夏には10名くらいいた社員も、入社の2012年4月には3名になっていた。一概には言えないけど、働きにくい会社に入ってしまったようだ。なかなか仕事が覚えられない私は、正社員として入った4月の給料日に「お前みたいなのを給料泥棒っていうんだよ」と社長に言われたりして、落ち込む日々が続いた。

今も思うけど、会社選びって大切だしむずかしい。

両さんとの出会い

新卒ならこういった思いを誰でもするのかもしれないけど、私は私なりに辛かった。週末、家にこもって仕事の勉強はしているもののなかなか技術が身に付かず、どうしてよいかわからない。短大出身のたったひとりの同期も半年くらいで辞めてしまった。

そんななか、家から歩いて3分くらいのところに「やまさん」という暖簾の下に「全品300円」と書かれた立ち飲み屋を見つけた。というか、正確にはもともとそこにお店があるのは知っていたけれど、それまで立ち飲み屋のようなお店に入ったことはないし、曇りガラスの引戸からは中がみえないしで入るのが難しかった。

でもなんでだろう。日々の業務がつらかった私はどこかのお店にえいや!で入り、憂さを晴らしたかったのだと思う。勇気を出して生まれて立ち飲み屋に入った。

入るとそこはカウンター10席くらいの広さで、奥に長細い。その時はお客さんが3人くらいいて、内輪話をしていた。話には入れなかった。

そのお店を1人で切り盛りしているのが、なんともぶっきらぼうで背は低い、髪の毛は角刈りで江戸弁のような言葉で話している、どことなく「下町」というものはこの人のためにあるのかなと思う、そんな印象だった。怒ったらとても怖そうだし、力も強そう。どことなく、「こち亀」の両さんみたいな人だなと思った。

その日は「特におすすめ」だというチューハイを飲んで、鳥刺しや小あじ焼きなど、自分にとっては珍しいものをすこし頼んで常連の話にも混ざれず、両さんとも言葉をほとんどかわすことなく出てきた。

最初はそんな、出会いだったけど、この西大島の両さんとはそれから10年くらいの付き合いになる。単なる飲み屋のマスターと客という付き合いでなく、私の社会人生活の全般で大変お世話になってきた。すごい影響を受けてきた。

第一印象は良くなかったけど、その後良い付き合いができるのってそういう人の気がしています。(「出会い」終わり)

*このnoteに書いてあることはフィクションであり、登場する名称は実在の組織や人物、事物等とは関係ありません。

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