見出し画像

鬼六先生に題字を戴く

 昔、『GOKHU』(英知出版)という雑誌で「社会の窓  ZIPPER]」というコラムページを担当していた。連載開始にあたって、どうせならタイトル題字をSM文学の大家・団鬼六にお願いしたいと言ったら、編集長からも当の鬼六先生からも快諾をいただいた。
 杉並のお宅に伺うと、先生は居間で、ペットボトルの「午後の紅茶」を飲んでおられた。「ママ、この紅茶、ちょっと甘いね」。ママというのは夫人。傍らに「午後の紅茶」セットの箱が置いてある。お中元でもらったものらしい。筆ならしか、テーブルの上には「社会の窓」と書かれた短冊が数枚置かれていた。先生は甚平さん姿。髪は寝ぐせで一部がぴんと立っている。典型的な昭和一ケタ男(この言葉も死語か)、奥さんがいないと靴下の場所もわからない、そんなタイプとお見受けした。
「昔、『SMセレクト』で、ご自宅の二階がビアガーデンふうに提灯が飾ってあると書いてありましたが……」
「ああ、あれは横浜の家です。あんなのはとっくの昔に借金のカタですわ」
 先生はそう言って豪快に笑われた。そういえば、鬼六先生、趣味の将棋が講じ、潰れかけていた将棋雑誌を買い取ったものの、結局廃刊し、多額の借金を抱えてしまったという話をどこかで読んだことがあった。
 訪問は、先生が伝説の責め絵師・伊藤晴雨とその周辺をモデルにした壮絶な小説『外道の群れ』を上梓された直後のことで、僕もサイン入りのものを一冊頂いた。
 筆休みの雑談も、晴雨をはじめとした愛すべき外道たちのエピソードが中心となる
「〇〇という男がおって、これが大変なニョトウビの愛好家でしてな」
 先生の口からしきりにニョトウビという聞きなれない言葉が出て、はてと思ったら、どうやらこれは「女斗美(めとみ)」のことらしかった。女角力とか、キャットファイトなどのアレである。異端文学の巨匠、天下の団鬼六もさすがに全方向に知識があるわけではなかったということか。逆に僕などは親しみを感じた。
 もうひとつ、印象に残ったのは、鬼六先生の筆つかいである。毛筆は立てて使うもののと教わったが、先生の場合、鉛筆と同じ握りで筆を斜めにして、サーと紙の上を走らせる。それでも、充分達筆な力のある字で「社会の窓」としたためていただいた・
 謝礼の封筒をお渡しすると、「領収書、要りますの?」と聞かれるので、結構ですと答えたら、お茶を運んでこられた夫人に「これ、あなたにあげる」とそのまま手渡された。夫人は黙ってそれを受け取るとキッチンに消えた。そのやりとりがなんとも可笑しかった。
 鬼六先生に題字をもらったことに気をよくしたわけではないが、『デラべっぴん』で「男どアホウ口内炎」というコラムページをもったときには、ぜひ勝新太郎御大に題字を頼みたいと大それた提案をしてみた。担当編集者が勝プロに企画書を送ったが、これは梨のつぶてで終わった。

『外道の群れ』。伝説のモデルお葉(永井カ子ヨ)をはさんで、伊藤晴雨と竹久夢二のさやあてが面白い。

よろしければご支援お願いいたします!今後の創作活動の励みになります。どうかよろしくお願い申し上げます。