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陣地

戦うことは骨が折れる。市民たちは摩擦熱で身が焼かれるのを嫌う。塹壕を掘って身を潜める。小声でひそひそといつ終わるともわからない「この耐え難い状況」について話し合う。困難を伴うあらゆる反抗には消極的だ。家畜のように除菌室に横たわってやがてくる終わりに向けて濁った目玉を向ける。戦域は広大だ。宇宙は広がり続け我々の痛みは増すだろう。大きな渦に呑まれる。丸裸にされ洗濯機の中で洗われる。抗生物質漬けの愛は声にならない声で叫び続ける。明日は晴れるでしょう。なぜならば、やまない雨はないからです。いやそうじゃない。おれたちは生まれた時からずっと降られている。何に?何もかもに。

昔のことだ。女と多少哲学的な別れ話をカフェでしていた。女はいった。あなたを堕落させたのは私なのね。おれはそんな気はさらさらなかったし、それよりなにより被害者になるのはごめんだった。あなたの可能性を潰したのは私なの。女は泣いた。あなたの才能を飼い殺してしまったのよ。おれは女にいった。おれの人生を、評価するのはおれだけでいい。握手して回れ右にしよう。いくつになってもこの手の自己憐憫をからめた世迷い言は聞きたくないものだ。女はいった。あなたこれからどうする気なの。きっと露頭に迷うわね。お金に困って郵便局でも襲うかもしれない。極悪人になって人を山に埋めたりするでしょうね。あなたが怖い。あなたのこれから歩む人生に希望が見いだせない。あなたは闇に堕ちるのだわ。女はいった。


おれは闇におちる
錐揉み状態で
或いは微笑みながら
砕けた星や
火を噴く太陽を避けつつ
寝台は無限の宇宙を進み
孤独は身を助けた
焚き付けられたあの夜が
新しい朝を迎えるスパイスになった
存在する気になれれば人生は楽に勝てる
万事、喜ばしいことだ

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