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かつて「女」が資源であった時代があった

2101年、6月8日、雨。図書ベースの検索に面白い文献が見つかった。隷属民、というデジタル形式のみで書かれた本で作者は大戦中のノイズ爆弾のせいで不明。登場する人間は幻想に追い立てられていて、皆それぞれ生まれながら与えられた不自由や呪縛を絶望し時に楽しみながら消費していた時代があったらしい。今は科学の力でなくなった性別という概念があって、人々は男女に分かれて、途方も無い苦労の中、お互いを差別し監視しあって生きていた。男女の差別に加えて、貧富の差という二重苦もあり、正しい知識を得ること自体が困難に近い状態で、我が家のペットである砂モグラよりもおぞましい暗黒の時代を手探りで生き残らねばならなかった。女は毒々しくもけばけばしい蛾のように化粧をし、男はそれら女たちを値踏みしては暴力で支配をしている。しかもここが理解に苦しむところだけど、男は男を演じることを強いられていたらしいから彼らもれっきとした暴力被害者である。全員が奴隷民であるのだけど、微妙な階級制度が存在していて、なぜ小指一本分だけリードした男たちが女たちに疑問を抱かせる暇も与えずに暴力をふるい続けることができるものなのかよくわからないけれど、事実そのような状態が何千年も続いたのだ。男女と貧富の差に加えて、地域と地域と境界線で起こった紛争も事態を複雑化させていたようで、権力者と呼ばれる一握りの独裁者が権利を拡大し、情報を遮断、奴隷民という「資源」の奪い合いが発生する。有名な日本の侍大将である武田信玄という人物は首都である甲府に戦争で奪ってきた奴隷を集めて敵対する勢力国家へ身代金を求め生計を立てており、人は城人は石垣、という有名な奴隷礼賛の句を残している。アメリカ大陸には多くの黒人奴隷が綿花や穀物をタダ働き同然に作らされていて、彼らの報酬はたったひとつ、生存権のみだったという。奴隷の歴史は長い間、男女差はなかったともいえるけれど、第一次第二次世界大戦と呼ばれる旧兵器による虐殺淘汰の時代を経て、人々は戦争で培われた科学力を応用して、未曾有の飽食の時代を迎える。化石燃料の消費で、地球環境は激変し、人々は為すすべもなく未知の病気が蔓延していくに任せた。その病気のひとつが、人権の間違った拡大である。そもそも独裁者が自分の権利を永久的に守る目的で作られた人権は、信仰心や情報の闇を利用した偽物の権利であったものがマイナーチェンジして隷属民に無理やりに授与されたものである。当然の帰結として、人々は己自身の欲望を実現するためのツールとしてこれらの権利を行使し始めるようになり、新たな火種を生み出すことになる。つまり隷属民は見えない鎖に隷属させられたまま、己を神そのものであるという錯覚を起こしてしまった。独裁者の夢みた権利がどのような作用を生み出したか。当然、自分自身の権利を守ることが他人の権利を奪うことに繋がる。奴隷民同士は互いを管理、監視しあい、男たちは腕力の弱い女子供老人を隷属させ、自分自身が隷属民でないことを証明するために隷属させられた状況のまま、現実から逃避し続ける構造ができあがった。国家がやがて企業に飲み込まれ、管理社会が崩壊し、混沌と混乱の中で起きたコンピューターによる人類の進化の促しがなければ、人類の未来はなかったであろう。終わりのない戦争が終わった時に、我々はコンピューターという新しい仲間との同化を果たし、新たな人類としての歩みを始めた。我々には性別は存在せず、貧富の差も、暴力装置とその支配地域も、終わることのない憎しみの連鎖もない。目下のところ我々の脅威は未知のウィルスのみである。知能はかつて人でしかなかった時代の機能をきまぐれに受け入れる。情報はネット網を駆け巡る。バグは一秒で世界を停止させることができる。新たな人類の繁栄は長くは続くことはないかもしれない。だとすると、情報の圧倒的な弱者であったかつての我々の生き方は、底辺のバクテリアのようにドブの底で薄い光を喜び合っていたあの差別に溢れた闇の時代はそこまで嫌悪するほどのものではなかったのかもしれない。何にせよ適者は生存するであろう。よし、これから出かける。砂モグラの大好物の培養みみずを手に入れねばならない。

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