ask【67】ロズウェル
声変わりの思い出を教えてください
合唱コンクールに向けて器楽の担任である川路先生が僕をテノールじゃなくてバスに選んだ日に、ああ自分は獣に堕した、もう少年ではいられないのだ、と悲しいきもちになりました。その日の夜、矢追純一のUFO特集がやっていて、ロズウェルでは恐ろしい陰謀が隠蔽されているのだ、自分はテノールじゃなくてバスになってしまったけれど、アメリカの歴代大統領の苦労に比べれば大したことではない、と考え直しました。たまたま僕のクラスは優秀というか、明るくて雰囲気がよい火の玉集団で、これならばいけると踏んだ川路先生も異例の選曲、ロシアの悲恋の歌を合唱コンクールに当てるという奇策にでて、僕をバスにしたのは合唱コンクールで1年生のクラスが成し遂げたことがないことを成し遂げるためなのよ、とそっと放課後の器楽室で耳打ちしてくれたものです(スミレの香りだ!)。見ろ、バッハもモーツァルトもこちらを睨みつけているぞ、ああ、僕はバスになってよかった、地を這うような低い声がだせるようになってよかった、と心の底から思いました。川路先生の猛レッスンに耐えた我々は、1年生クラスにして、準優勝という快挙を達成したのです。成し遂げたことのないことを成し遂げる。歓喜の輪。ブラボーの声。川路先生のガッツポーズ。川路先生のつるつるの脇の下。川路先生の白いパンティーストッキング。バッハ!モーツァルト!ロズウェル!!僕の胸は締め付けられるような気持ちでいっぱいでした。なぜならば、3位以内に入れたら川路先生から特別に個人的なボーナスを与えてもらう約束をしたからです。毒婦、川路先生。あの頃の僕はまだ彼女のことを何も知りませんでした。僕は声変わりをしたばかりの童貞で、UFOもヴァギナも見たことがない、車のエンジンルームに入り込んではニャーニャー鳴くのだけが取り柄の、ただの村の少年だったのです。
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