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ふざけんじゃねーぞ!感想屋(@kansouya_san)!

 ってタイトルには書いたけど、実際は別に怒ってないっていうか「どうせそうなると思ってたよ」:「にしても酷いなw」=6:4みたいな感じですかね。ええ。
 
 私は感想屋へ依頼したものの一人です。そしてまだ契約は履行されていません。このnoteはそういう内容です。あとヘッダー画像のDMには未だに返答がないです。
 
 順を追って説明していくと2020年の6月に、Twitterを中心として「なんだまたいつものか」というような、「作品の感想が欲しい/感想を言うのは難しい」みたいな話が出ていたのだけれども、そこに【感想屋】を名乗る人物が颯爽と登場して「じゃあ幾ばくかの報酬で依頼を受けて、あなたが書いて欲しい作品の感想を書きます!」って言いだしたのですよ。
 
 正直最初にそれを見た私の気持ちとしては

怖っ……

 としか表現できないやつでした。
 
 私は批評系の同人誌へそれなりに寄稿していたり、このnoteで過去に書いたものを見て頂ければおわかり頂けるとは思うのですが、かなりコンスタントに作品の感想/批評をアウトプットしている方です。時には依頼を受けて文章を書くこともありますし、あまり興味を惹かれない作品であったり、知識の足りない不案内なテーマに取り組むときだってあります。
 得意分野ならばこそ間違いたくない、知らないものは調べなければならない、私が好まないものでもそれが好きな人は絶対にいるのだから分からないだけに手は抜けない。結果はどうであれ、スタンスとしてはそういう態度で常に取り組んでいます。
 だから毎週書いている新作映画の評も「可能な限り原作がある作品にはそれにあたる、過去にも映像化されてるなら出来る限りそれも見る」ようにしています。例えそれが書く内容に反映されなかったとしても、それはそれとして良くあることだし、それを諦めてしまったらきっと最後には「どこかで拾ってきた感想をコピペする人」に成り下がってしまうような予感に震えているからです。
 
 そういった身からしてみると「見も知らない人から渡される、正体不明な作品の感想を書かなければならない」というのは蛮勇を通り越して自殺志願者なのかな?といった気持ちになる、うわっ怖い、想像しただけで怖い。
 先に書いたようにあまり知らない作品やテーマを振られることは当然あります、ただその人たちとは今までに何回も原稿のやりとりがあったり、「こういう感じならどうです?」って相談をしたり、そういった場とは別に普段から批評とは関係の無い話をしたりと、なんとなく互いの人となりなどを把握してることもあって「この作品すぱんくさんならイケると思うんで」というフィルターを通しての提案を(ありがたいことに)頂いているんです。それでも無理だと思ったらお断りしてるときもあります。
 そういったもの無しにいきなりポンっと作品を投げられてその感想を言う、それも一度にひとつやふたつじゃなくて大量に。考えただけで「うぉう」ってなるくらいの寒気が背中に走る。
 
 だからこの「感想屋」を見たときに出た最初の気持ちが「怖っ……」で、次に「あっ、コイツ舐めてんな」でした。たぶん多少は文章が書けると自負していて、感受性が豊かで、どんな作品でも理解できる……そういった万能感みたいなものを持っている人、直感ではありますがそう思いました。
 というかそれは昔の私でもあるのですが、まぁ人は誰しも「はい、世界の全てを完全に理解したわ」という錯覚に取りつかれる時期というのはあるし、私はそういう思い込みや虚勢も成長を促す大事な過程だと考えていますので、それが悪いとは言うまい。というか積極的に勘違いしていくのを推奨したい
 
 合わせて恐らくは近いうちに炎上するな、と。そういった態度で依頼された作品の感想を書いて、しかも内容のチェックしてくれる人も(たぶん)いないなら、あっというまに依頼人の地雷を踏みぬいてしまうだろうなぁ……と見えました(実際どうなったかと言うと「感想屋、一発目の記事で火だるまになる」わけですが。早いよ!流れが早すぎるよ!)。
 きっとあっという間に「感想屋」の活動は頓挫することは明白でした。だから「バカがいるなぁ」でいつもみたくTwitterで今日ぐらいは暇を潰せるコンテンツとして流してしまおうかと思いました。一度は思ったのです。
 
 ……私は年に一冊ほど「前年に同人誌等に寄稿した文章をまとめたもの」を電子書籍として販売しています。

内容としてはほとんどが作品批評で、客観的に見れば私がしていることは、この「感想屋」と大差ないでしょう。
 ならば、と。たぶん他人の万能感に触れて、私の中で眠っていたそれもちょっとだけ目を覚ましたのでしょう。

「ならば、勝負だ!」

 私の批評をお前が読む!その感想を私が読む!そこにガチのダメ出しをする!勝った!ついでにその流れで本が売れるかもしれない!
 そう考えた私は「感想屋」に自分の電子書籍の感想を依頼しました。

 notoで公開での感想をご依頼したいと思います。
作品はkindleのみで販売しているこちらです。
あのすぱらしい愛も5toΦ's: すぱんくtheはにー 2018年アーカイブ すぱんくtheはにー https://amazon.co.jp/dp/B082XY9GTF/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_8of.Eb2DQ6D3C
内容はサブカルチャーに関する批評・評論となっております。同人作品に該当します、依頼人(私)が作者です。
note公開での依頼500円+作品代金300円+細かいお金の話は好きじゃあないので200円=1000円でご依頼したいのですが、いかがでしょうか?
お返事お待ちしております。

 この時はnote公開での依頼の場合、報酬設定が500円でした。
 
 この内容で感想屋からは快諾をいただきました。
 その後の発言を見ると、どうやら沢山の依頼があったようでした。
 
 で、この依頼成立が2020年の7月4日のことです。
 現在どうなっているかというと、感想屋が依頼に基づいた(であろうと思われる)記事数「4件」
 
 いやあの、確かに「あっという間に頓挫するだろう」とは書いたけど……あっという間の「あっ」が刹那すぎないですか?
 
 心情としては冒頭に書いた
「どうせそうなると思ってたよ」:「にしても酷いなw」=6:4
 という感じです。実際、詐欺というか「最悪「おもしろかったですー」の一言で終わる可能性あるな」までは考えていたので、それの上を(下を?)いかれたわけですがほぼ想定内と言っていいでしょう。こうやってnoteを書けるぐらいの材料にはなったので1000円の対価としては(正確にはそのうち300円の7割は電子書籍の売り上げとして手元に戻ってくるので1000円以下)別に問題ないです。
 あ、でも言わせて。私は7月4日から今日(2021年1月16日)の間で、映画評を中心に「33本」の記事をアップしてます!やっべ、超えらくね?この実績を元に原稿依頼お待ちしております。ご相談の上で誠心誠意がんばりますので、よろしくお願いいたします。
 
 話を戻すと、私はお金を返してもらうつもりはいまのところ無いです。向こうから「すいませんでした」と言ってくるならその時は話し合いたいですが、そうでもない限り「依頼は継続中」という状態だと思っています。
 
 なぜなら、私は他人に「呪い」をかけたいからです。
 
 この「感想屋」が、たとえば今日ものすごくおいしいごはんを食べたとしましょう。でもそれは「約束を履行しないままおいしいメシ食っとる」なのです、誰かに愛の言葉を囁かれたとしても「約束を履行しないヤツがいちゃいちゃしとる」なのです。そうやって「感想屋」には常に果たすことのできなかった約束が付きまとう。果たされなかった約束のことを「呪い」といいます。
 きっとこのまま私の依頼した感想が書かれることはないのでしょう、人はいつか必ず死にます。そのとき「感想屋」がたとえどんなに幸福な人生を送り満足して息絶えたとしても、絶対に「約束を破って死んだ」というケチがつくのです。それはもしかしたら私ですら近いうちに忘れるような、小さな小さな瑕疵でしかないでしょう。
 それでもあなたの人生には、この傷が永遠にある。これは「呪い」です。解除する方法はあるけれど、たぶん残り続ける「呪い」です。
 
 1000円で他人の一生に「呪い」をかけれるなんて、なんて楽しいことでしょう!私は他人を「呪い」たい。ありがとう感想屋、私の「呪い」を受けてくれて。

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