見出し画像

「プロレスラー出演MUSIC VIDEO」の世界

「プロレスと音楽」。せっかくこういう媒体なので、どんな企画が合っているのかとシンプルに考えた結果、まだあまり取り上げられることの少ない「プロレスラーが出演しているミュージックビデオ」をテーマに、個人的に心に残る作品を紹介していきたいと思います。

いきなりですが、『プロレスラー出演MV」というジャンルがあるなら、満場一致で殿堂入りというか、史上最高傑作といえるタイトルを挙げてしまいます。
ハヤブサ選手が出演した平井堅『LIFE is... ~another story~』です。

「答えなど何処にもない」…。
シンプルに真実しか語っていない歌詞と自然で美しいメロディライン、それに平井堅の唯一無二のファルセットボイスが重なり、いつどこで誰が聞いても心に響くエバーグリーンな名曲です。
もともとは2003年1月22日に発売された平井堅5枚目のアルバム『LIFE is…』に収録されたタイトル曲でしたが、発売後にTBS系ドラマ『ブラックジャックによろしく』のタイアップがついたことでシングルカット。新たに亀田誠治による編曲が加えられ、『LIFE is... ~another story~』とサブタイトルが付いてリリースされました。
ちなみに、アルバム版の『LIFE is... 』は、ゲームボーイアドバンスソフト『ファイアーエムブレム 烈火の剣』のCMソングに起用。堀北真希が石壁の前でゲームをしているシンプルな映像のCMですが、それだけに鮮烈で、『LIFE is…』といえばこちらの印象が強いという人も多いようです。

『LIFE is... ~another story~』のMVは、全編モノクロで、ピアノの前に物憂げに座っている平井堅のカットから静かにはじまります。
以降は様々な人物がカメラを見据えて佇む姿がカットバックしていきます。サーカス芸人。和食の料理人。どちらも傷んでボロボロになった手のアップが映し出されます。次はオートレーサー。太もものあたりに大きな傷があり、事故でケガを負ったのでしょうか。そして、最初のサビに入ると大きなお腹を抱えた笑顔の妊婦さんが登場。一転して生のイメージです。場面が変わるととシャドーボクシングするボクサーの姿。肩口から胸に入ったタトゥーを手術で消した跡があり、“入れ墨ボクサー”として人気だった大島宏成さんです。その次は漁師。使い込んだ手のアップ。カメラマンの男性は銃槍と思われる傷跡をみせてくれます。ヘッドホンを着けて歌う平井堅の姿を挟んでから、騎手の武豊が登場。この並びでは知名度は一番かもしれません。
そして、リングの前で車椅子に座るマスクマンが登場。彼がハヤブサです。傍らにある松場杖を掴もうとしています。すると、いままで登場した人物の笑顔がカットイン。平井堅もはにかんだような笑顔。そして再びリング前のハヤブサ。体を前後に揺らし、勢いをつけながら、松葉杖を頼りにゆっくりと立ち上ります。
カメラがアップになると、マスクの奥の瞳に一瞬力強さが宿り、ハヤブサは最高の笑顔をみせます。
ラストは、先程の妊婦さんが、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いているシーンで終わります。

出てくる人物がみな深い生き様を感じさせ、得も言われぬ感動を呼び起こしますが、プロレスファンがこのMVを観るたびに流す涙の色は複雑です。

ハヤブサこと江崎英治はインディーズ団体のFMWに入門。メキシコ遠征でマスクマン『ハヤブサ』と化すと、94年に4月に新日本プロレスが主催した第1回スーパーJカップに凱旋出場。対戦相手となった獣神サンダーライガーが入場する間際にトップロープ越しのトペコンヒーロを放ち、ビッグインパクトを残しました。プロレスファンなら、この「Jカップのトペコン」だけで一晩中語れるほどなんですが、ハヤブサの伝説はここから幕を開けます。
ハヤブサは183センチの長身ながら、難度の高いオリジナルな飛び技を次々と披露。大仁田厚が引退後のFMWのエースとして活躍し、インディ出身ながらメジャーに届く逸材という意味でも、唯一無二の輝きを放っていました。
全日本プロレスにレギュラー参戦もしつつもFMWで奮闘、金銭的にも苦しみながらも満身創痍の戦いを続けているなか、2001年10月、ハヤブサは試合中のアクシデントで頚椎を損傷。一命を取り留めたものの首から下が動かない状態になり、無期限の休場となってしまいます。
リングでの華麗な姿が目に焼き付いているだけに、ファンは「なぜハヤブサが…」と悲嘆にくれました。
しかし、当のハヤブサ本人は懸命なリハビリを続け、いつかリングに戻ると宣言。「お楽しみはこれからだ!」と、希望を捨てることはありませんでした。
このMVに出演したのはまさにその頃。ハヤブサが立ち上がった姿には奇跡を感じましたし、勇気づけられたプロレスファンも多かったのではないでしょうか。また、単純にインディレスラーが有名アーティストのMVに出演したということだけでも、プロレスファン的に誇らしかったというのもあります。
その後もハヤブサは音楽活動や俳優活動を続けながらプロレス復帰を諦めることはなかったんですが2016年3月3日、くも膜下出血により帰らぬ人となりました。
ハヤブサの技と功績は、いまもプロレス界に影響を与え続けていますが、このMVにも勇気と感動が詰まっており、まさにハヤブサの代表作のひとつだと思います。「永遠は何処にもない」「でも君が笑うと その先を信じてみたくなる」という歌詞にハヤブサの笑顔が最高にハマってます。

少し湿っぽくなってしまったので、次はバカっぽくいきたいのですが、『プロレスバカ』といえばあの人が登場する隠れた名作MVを紹介します。

曲は真心ブラザーズ『空にまいあがれ』。登場するレスラーは、“PB(プロレスバカ)”こと剛竜馬です。

MV本編は桜井秀俊がメガネをかけたナードな雰囲気でソファに座り、隣の女性に「今日、親父とおふくろいないんだよね」と迫るシーンからスタート。そこにグローブとボールを弄びながら扉を荒々しく叩く倉持陽一(YO-KING)が登場。ついに扉を叩き破って室内に入ると、さっそく友達を招き入れます。そこで最初に入ってくるのが剛竜馬です。
なぜか上半身ハダカで、首にチェーンを巻いたジャンクヤード・ドッグのようなスタイル。筋肉をピクつかせて肉体美をアピールします。
以降も、次々と人物が入ってきますが、たぶんその辺のスタッフや真心の友達ではないでしょうか。やがて室内はパーティ状態となり、最後はパイ投げ合戦で終わるという予算安めの一発撮りのような内容です。
ひとことで言うと、Beastie Boys の『 (You Gotta) Fight For Your Right (To Party)』をインスパイアしたというか、ユルくパロディにしたという感じ。
倉持が剛にチョップを入れたり、逆に剛が倉持にジャイアントスイングでブン廻すというシーンもありますが、みんなが騒いでいるなかでも微妙に溶け込めていない剛竜馬の佇まいがたまりません。

『空にまいあがれ』は、96年8月21日発売の15thシングル。爽やかさと切なさが混ざったような雰囲気が心地良く、なんとなくCCRの『Have You Ever Seen the Rain?』っぽさもあります。
 そんなCCRっぽい楽曲を、ビースティっぽいMVにするというセンスが適当で最高なんですが、当時の真心ブラザーズは、ひとつ前のシングル『拝啓、ジョンレノン』で、ほんのり物議を醸したあとなので、いろいろ溜まっていたのかもしれません。
 そして、剛竜馬は「プロレスバカ」として奇跡の再ブレイクを果たした頃でした。
 剛龍馬は、72年に国際プロレスでデビューし、新日本プロレス、第1次UWF、全日本プロレスと渡り歩いた流浪のトラブルメイカー。
行き場のなくなった88年に、自らエースとなる独立プロモーション『パイオニア戦志』を旗揚げし、プロレス界にインディペンデント団体が乱立する嚆矢となります。その後も『オリエンタルプロレス』『剛軍団』と、旗揚げ→崩壊を繰り返し、追い込まれた剛竜馬は94年8月に自主興行を開催。このときの試合の場外乱闘で、剛がそこら辺にあるものを持ち上げては「ショア!」と叫ぶ姿がコアなプロレスファンのハートを掴み、マイクアピールで「私はプロレスしかできないプロレスバカです!」と叫ぶと、会場から「バ~カ!バ~カ!」と前代未聞の「バカコール」が自然発生。当時のプロレスはまだまだシリアスで茶化してはいけない雰囲気が漂っていましたが、このバカコールはそこに革命を起こした重大な転換点だったと思います。
この直後から剛龍馬は「プロレスバカ」としてプチブレイク。メディアにも取り上げられるようになり、なかでもテレビ番組『リングの魂』でみせたアニマル濱口との対決はバラエティ史上に残る名シーンを生み出しました。
このMVへの出演時は、「プロレスバカ・バブル」の末期ごろ。剛竜馬本人は「空にまいあがれ」の曲そのものには全く関係がないと思われますが、いま見返すと「僕は僕を続けるよ明日からも」という歌詞が絶妙に剛竜馬に繋がっているような気もします。
この後、剛竜馬は再び低迷。詳細は省きますが『極太親父』や『窃盗で逮捕』などがあり、思うように浮上することないまま09年に交通事故が原因の敗血症で亡くなりました。本当に空にまいあがってしまったわけですが、あの頃の剛竜馬のなんとも言えない空気とイイ顔を味わえる映像として、歴史的にも貴重なMVだと思います。

最後は個人的にイチ押しな、プロレスラーだらけの名作MVをご紹介しましょう。

曲は湘南乃風『黄金魂』。2008年2月13日にリリースされた湘南乃風7枚目のシングルで、赤裸々でストレートな歌詞と、ガツンと魂を鼓舞するような曲調で、聴いてるだけで体を揺さぶられながら喝を入れられている気分になる滋養強壮ソング。ちょっと場が荒れ気味なカラオケでも問答無用に盛り上がることができる人気曲です。
米倉涼子が主演したドラマ『交渉人~THE NEGOTIATOR~』主題歌となっており、湘南乃風にとっては初のドラマタイアップ。
2009年3月20日に公開された映画『ドロップ』にも、劇中歌として採用され、鬼兵隊にカチコミをかけるアッパーなシーンで流れます。映画の正式な主題歌は湘南乃風の『親友よ』なんですが、この『黄金魂』の印象のほうが強いです。
プロ野球選手の登場曲に使われることも多く、東京ヤクルトスワローズの畠山和洋選手や、中日ドラゴンズの木下雄介選手の登板曲としてファンには浸透。K-1からボクシングに転向して活躍した藤本京太郎も入場曲に使用していました。最近では体育祭の応援歌で歌ったという世代も多いようです。
とにかくギラギラでアツアツの楽曲ですが、やはりそのイメージの原点は迫力満点のMVにもあるのではないでしょうか。
MVは、泥まみれのフィールドで屈強な男たちが闘いを繰り広げるなか、湘南乃風の4人がド正面から殴りつけるように歌う姿がオーバーラップするという構成。
印象的な歌詞が筆文字で画面にインポーズされるののも、いまでこそ流行りでよく見る演出ですが、この頃はまだ鮮烈な印象だったのではないでしょうか。

そして、この「屈強な男」たちの中に、当時の大日本プロレスに参戦していたプロレスラーたちが大挙出演しているんです。
MVを観ながら確認出来たのは、“デスマッチ新世代”シャドウWX、先日引退したフランク篤こと大橋篤、REX-JAPAN所属で「チーム若作り」、そして現在はサウナ熱波師である井上勝正、“デスマッチドラゴン”伊東竜二といった大日本所属レスラー。さらに当時はアパッチプロレス所属だった小幡優作GENTARO佐々木貴も登場。暗黒プロレス組織666に所属している“性爆弾”こともいるようです。

そんな現役プロレスラーを含めた総勢20名ほどの男たちが、泥まみれになり、ビンタされ、一心不乱に闘う。当然のようにプロレス技も繰り出され、ドロップキックにバックドロップ、ブレーンバスターに延髄斬り、さらにはジャーマンスープレックスに投げ捨てパワーボムも炸裂。クライマックスでは伊東竜二がフィニッシャーであるドラゴンスプラッシュを華麗に披露。しかもヒットの瞬間はスロー映像になるので、いま全国順次公開中の本邦初デスマッチドキュメント映画狂猿の試合シーンの先駆けともいえます。
ちなみに、2’16くらいにムーンサルトプレスを出している選手がいるんですが、顔がよく見えない。このメンツだと伊東竜二選手かとも思いましたが、フォームが違う。体がキレイに反っているので、これは忍選手ですね。だとすると、この技はムーンサルトではなくラ・ケブラータです。
などと、プロレスマニアにしかわからない話は置いといて、MVには他にもカポエイラの選手や和彫のゴツいあんちゃん、イケメン外人なども登場しています。

実際に誰が出演しているのか、現場はどうだったのかを調べたいのですが、YouTubeのコメント欄でもプロレスラーに対して言及している人はごくわずか…。

そこで聞いてきました! 大日本プロレス参戦時はデスマッチ絶対王者として君臨し、現在も最前線で活躍、さらには代表取締役としてプロレスリングFREEDOMSを率いる“ダムズの殿”こと佐々木貴選手です。

佐々木選手のブログ『プロレスラー佐々木貴のバキューン日記』によると、このMVの撮影日は2008年1月26日だったようです。

「けっこう前のことであんまり記憶は定かではないですけど、当時大日本プロレスに参戦していた選手たちに「こういう話が来てるけど、行ける人いる?」みたいな招集がかかって、集まったのがあのメンバーという感じだったのかな。朝に集合して、現場までいって、いきなり泥まみれになって。けっこう寒かったのを覚えてますね」

特にオーデイションなどなく、参加したのはたまたまスケジュールが空いていた選手たちだったようです。

「プロレスラー以外にも、格闘家とかダンサー、スタントマンみたいな方もけっこう集まっていて。俺らはどんどんプロレス技を出していったんですけど、役者の方々は受け身が危なっかしくて。『そんな感じだとケガしますよ』ってアドバイスさせていただきながら、基本的にはプロレスラー同士で絡んでたように思います」

現場での湘南乃風のメンバーはどんな感じだったんでしょうか。

「共演シーンは、最後に湘南乃風の皆さんが歌っている後ろでが俺らが手を挙げる場面だけだったんですけど、メンバーのみなさんはその前に俺たちが泥まみれで技を出し合ってるところもちゃんと観ていてくださって、いい方だなって思いましたね。他の誰とは言いませんけど、こういう現場だと主役の方は控え室に籠もって、俺たちと顔も合わせないということはよくありますから」

このMVに出演した反響は?

「当時はあんまり注目されなかったような記憶がありますね。俺たちの知名度がそこまでだったのかもしれないですけど(笑)。自分はいまFREEDOMSの代表なので、コロナ以前は試合がある会場近くの盛り場を練り歩いて、ポスターを貼ってもらったり、チケットを買ってもらうという営業をよくしていたんですよ。そういうときに、たまたま入った店のカラオケで『黄金魂』を歌ってる方がいて、画面を指差して『あれが俺です」みたいに言うと「すごいですね!」って喰い付いてもらえるんですよ。なので、自分から「出てます」と言うことはないですけど、偶然的にあの映像が営業ツールになったことは何回かありますね」

いまもカラオケで歌い継がれる名曲だけに、MV出演者のプロモーションにもなっているわけですね。

「それと、自分はいま茅ヶ崎に住んでるんですよ。なので湘南乃風はご当地の大スター。そんなアーティストのビデオに出れたことは誇りですよね。出演した当時はまだ幼かった息子が、大きくなって『湘南乃風』を聴き始めて、ある日「お父さん、もしかして『黄金魂』に出てない?』って聞かれたときも、いろいろな意味で感慨深かったですね」

曲のテーマにも合致した素敵なエピソード! さらに佐々木代表には今後の連載のヒントもいただきました。

「いま代表を務めていて実感してるんですけど、テレビやCM、それにMVとかのちょっとしたシーンにウチの選手を借りたいという依頼がけっこうあるんですよ。もちろんプロレスラーとしての知名度を評価していただいたり、アーティストがそのレスラーのファンというケースもあるんですが、それ以外でもとにかくガタイの大きい、屈強な男が欲しいみたいな依頼も多い。なので、有名プロレスラーでも後ろ姿だけとか、マスクやメイクで隠して出るような、顔出しの無い出演パターンもけっこうあると思います」

ということは、世に知られてないけど、あの有名MVにあのレスラーが、というケースもあり得るということ。なかなか険しそうなジャンルに片足突っ込んでしまいましたが、今後は体つきだけで判別するなどしつつ、『プロレスラー出演MV』の世界を掘っていきたいと思います!

出洲 待央

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?