short story series『と、私も前々から考えていた』郵便局員 case01

作・橋谷一滴

「あの、ポストの上。座ったことあります?」

「ポストですか。ないですね。え、あるんですか。」

「あります。」

「郵便局員なのに」

「やっちゃいました。郵便局員なのに。秘密です。」

「はい。秘密です。座り心地はどうでしたか。」

「まあまあです。でもその日、ちょっとやなことあったんですけど、ポストの上座ったらどうでも良くなりました。」

「それは良かった。手紙で紙ヒコーキ折って飛ばさなかったですか。」

「あー。やってないです。やれば良かったです。ここぞとばかりに。」

3年くらい前。

マイナーなSNSをやっていた

その頃僕は外に出ていなくて

誰とも関わりたくなかったからそんなことになったけど

ほんとに誰とも関わりたくなかったわけじゃなくて

だから僕のこと

全く知らない人と関わろうと思った

SNSの中で僕は

規則正しく生活し

ちゃんと会社に出勤する。

たまに寝坊したり

夜ご飯を手抜きにしたり

僕の今できない生活を

疑似体験していた。

今思うと何やってんだ

とも思うが

そのおかげで僕は毎朝

8時には起きていた。

三浦さん

という郵便局員の女の人がいて、

その頃僕は世の中のどんな人より

顔も見たことのない三浦さんと一番話していた。

彼女は自分のダメなところを

随分楽しそうに語る。

そんなところが楽しかった

楽しかったけど僕は彼女との会話をやめた。

彼女との最後の会話は

彼女がポストの上に座ったことがあるという告白をした時。

僕はついに途中で返信が出来なくなった。

僕にはまだ自分のダメなところを楽しそうに語ることはできなかった。

三浦さんに嘘をついている気分だった。

それからそのままSNSもやめた。

郵便局の窓口の列に並んでいる。

午後1時

僕は今、普通に働いている。

仕事の内容的に郵便局に来る機会が多いのは

どこかで

彼女に会えないか

と思っているからだ。

列に並んでいる間

毎回彼女の返信を思い返す。

今日は窓口の人がいつもと違う

窓口の女の人から切手を買って

郵便を出してもらう。

あれ、

三浦さん

そんなわけはないのかもしれない。

しれないけれど僕は言ってしまった

「あの、ポストの上。座ったことあります?」

彼女はまだ黙ったままだ。

2018年12月3日

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