short story series『と、私も前々から考えていた』横断歩道 case 03

作・草場あい子

久しぶりに実家に帰った。あの頃は自転車で通ってた道を今は車で通る。あ。横断歩道とクリーニング屋さん。懐かしい。

私の家の近くの横断歩道の先、一軒のクリーニング屋さんがあった。旦那さんの大助さんと奥さんの祥子さんでこじんまりと経営している。私の家から徒歩15分の場所。私のお父さんはサラリーマン。よくお母さんにおつかいを頼まれてよく行っていた。祥子さんに「さっちゃん」て呼ばれるくらいに。
祥子さんは美人というより可愛い系。今年36だって。全然見えない。20代前半って言ってもいいくらい。
笑顔が可愛い。お客さんに「祥子ちゃん」とか「祥ちゃん」とかって呼ばれてる。みんなに好かれてて、私は「祥子さん」って呼んでた。
時々、私が横断歩道の信号を待っていると祥子さんは私に気づいてお店から出て「さっちゃん」て呼んで私が渡るのを待ってくれる。可愛い。私女だけど守りたいって思う。私は可愛い祥子さんが好きだった。
大助さんは無口。いつも奥で作業をしてて、私でもあまり話したことない。あまりというより全く。声を思い出せないくらいに。黒髪でいつも白シャツを着てて清潔感がある。やっぱりクリーニング屋さんだなって思うような人だった。
祥子さんは大助さんが大好きだった。時々恋する乙女みたいに「大助さんがね」って話をする。私祥子さんより20くらい下だけど。そんな姿も可愛いと思った。

私は高校へあの横断歩道を渡って祥子さんがいるクリーニング屋さんの前を通って通学してた。ある日部活が長引いて夜遅くに帰っていた。クリーニング屋さんの前。横断歩道の信号は赤。止まってクリーニング屋さんの方を見る。あ。祥子さんが話してる。大助さんと。幸せそう。いいな。
信号が青になる。ペダルをこぎ始める。それと同時に思った。私も祥子さんみたいに大好きな人を見つけたいって。

私は高校卒業後、実家を出た。それから15年。私は好きな人と結婚して子供もできた。とても幸せ。今、祥子さんに会ったら、祥子さんに負けないくらい恋する乙女になるかもしれないくらいに。
今思うと私が好きな人と結婚できたのは祥子さんみたいになりたいって思ったからかな。
信号待ちの車の中。クリーニング屋さんと横断歩道。ふと思い出した昔の思い出。忘れたくない思い出。

2018年11月14日

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