short story series『と、私も前々から考えていた』「マジックペン」case 04

はやくマジックペン。
筆箱から探す。無い。
今だけは絶対に死ねないから。
マジックペンを彼の手に渡さなければ。
それまでは死ねない。
早く渡さなければ。
「ねぇ、下敷き。渡されたもののこれになに書けばいいの?」
素直くんは寝ぼけ顔で枕に顎を乗せてこっちに訪ねてくる。
「なんでもいいよ。サインとか描いとけば?」
素直くんはサイン…とか呟いて笑いながら必死に考えている。
茶色のボサボサの髪の毛と白い肌。
布団の匂いと外の肌寒い風。
猫が歩くあたしの部屋。
まさかの素直くん。
決してやましくはない。
その姿を今だけしか収められないとわかっているから、素早くペン立てからマジックペンを取る。使い古し、どうか今だけは無事に着いてくれ。
「ペン。はい。」
素っ気ない感じ、装うのがうまくなったと我ながら思う。褒めよう。
「お、さんきゅ。じゃあー…」
さんきゅ…だって。きゅ、て響きが可愛い。
彼があたしの下敷きにマジックペンでサインを書く。不器用に動くペンの先、まつげの先。
死ねない。
このお遊びが終わるまでは。
サインなんてただの名前書くだけ。くだらない落書き。
書き終わった素直くんはこっちをあの表情で見てくるんだろう。
あたしだけが時計の針の音に敏感で、
あたしだけがこの時間を早く感じている。
ゆっくりと素直くんは顔を上げる。
「書けた」
最後の、た の発音までも全て。
下敷きもサインもマジックペンも。
ぜんぶいつかは色褪せた思い出になるんだろう。
だから今だけは死ねない。
小学生から使ってるシワがついた下敷きに、「すなお」とひらがなで書かれている。
へったくそ。
可愛い。
中2の冬。

2018年11月9日

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