short story series『と、私も前々から考えていた』コインランドリー case 05

作・堀愛子

「え、なんでいんの?」

勢いよく回る洗濯機の音でかき消された声。

それはこっちのセリフだ。

夜の11時。隅っこのコインランドリー。

兄がいた。

黒いウィンドブレーカーにジーパン。

兄は一年前、いきなり髪の毛を緑色に染めた。

グレたんじゃない。染めただけ。

日曜日の朝にカステラのジャリジャリの部分を紙からこそぎ取っているあたしに「俺、ちょっと人と違うことしたい」って言ってきた。

その次の日、彼の頭は緑になっていた。

何を思ったのか、その過程はさっぱり分からないけれど。兄はその後塾の先生のバイトを始めた。大学は変わらず行ってるみたいだけど。

緑髪でも塾の先生はできるんだね。

もう一年も経ったのに髪の毛の色は同じく緑色で、染め直したのかとひとりで思った。

「お前なんでこんなとこいんの。」

ぽりぽり頭をかきながら洗濯機にジーパンとかTシャツを投げ入れている兄を横目に、あたしは北海道観光のパンフを眺めていた。

「なんとなく。」

「家、洗濯機あんのに。」

兄は一人暮らしを始めていて、どうやら家に洗濯機が置けないらしい。

「察してよ。」

「何をだよ。」

「疲れた。」

「パンツもここで洗ってんの?」

「何言ってんの、パンツ単体で家で洗うとかおかしいでしょ。」

髪を緑にして頭までおかしくなったのか。いや、元からおかしいけど。

そのあとは兄は喋らなかった。あたしも同じく喋らなかった。

ただ勢いよく回る洗濯機の音だけが響いていて、少し心地よかった。

兄は元気にしてるみたい。

でも別に元気にしてなくてもいい。

いればいいや。そう思った。

2018年11月30日

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