short story series『と、私も前々から考えていた』「マジックペン」case 03

作・草場あい子

教科書の裏表紙の名前。それを見ると君を思い出す。

4月。僕は君に恋をした。
入学式。僕はマジックペンを忘れた。持ってくる物リストに書いてあったのに。周りのみんなは持ってきて、さっき配られた教科書に名前を書き始めている。今更忘れたなんて言えない雰囲気。すると僕の目の前にマジックペンが現れる。前の席の君がマジックペンを差し出している。僕は「ありがとうございます」と言って君のマジックペンを受け取った。
それから僕は君の事が気になり始めた。

僕はまだ君のマジックペンを持っている。あの日返しそびれて、そのまま。いつでも返せるようにいつも筆箱の中に入れている。でも返そうとしても、タイミングを掴めない。だからまだ僕が持っている。

9月。まだ汗がにじむ帰り道。僕は見てしまった。君が町田くんと帰っているところを。君は僕には見せない顔をして、町田くんと話しながら歩いていた。顔から汗が流れ落ちる。気づいてしまった。君の目に僕は映っていないこと。

家に着く。君と町田くんで頭の中はぐちゃぐちゃ。それでも僕はいつものように宿題をする。筆箱を取り出す。マジックペンがない。いつも入れていた君のペン。でも探す気にはなれなかった。見たら君を思い出すから。

それから僕はマジックペンの行方を知らない。君のことも気にならない。

でも教科書の裏表紙。君が貸してくれたマジックペンで書いた名前を見ると思い出す。君と君に恋した僕のこと。僕の初恋のこと。

2018年11月7日

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