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小説「秘書にだって主張はある。」第四話

 四 友人

1月4日(水)1220
「ねえウワサ聞いた?」
 神田のカフェ「ポモドウロ」のカウンターに二人で並んで座りながら、一緒に昼食のスパゲッティーを食べていた営業部長秘書の工藤直子(なおこ)が、正面キッチンを向いたまま話題を振ってきた。
 直子は、二人の時は名前で呼び合うほどの、気のおけない仲で、身長は恭子より3cm高い168cm、映えのある顔立ちと、秘書らしく品位を保ちつつも適度にグラマラスな姿形をそなえている。
 その上、頭脳は一流大学を卒業しているほどの、誰もが認める才女なのである。
 入社は同期であるものの、秘書歴は恭子よりすでに1年長く、先輩と言える。それなのに全く同格に扱ってくれる大切な同僚であり、友人だ。
 ただ、恭子は非常に迷っており、自分が「能力者」であることを彼女に、結局打ち明け切れていない。
「・・・いや、なに?」見当もつかない恭子は、口の中の食べ物を飲み込みながら、あわてて応えた。
 ここのメニューは、どれもそこそこ安くて、とても美味しいのだが、二人が頼んだパスタというやつが、会話の邪魔をした。
「さっき聞いた話なんだけどね。常盤(ときわ)ラボが柊社にクレームつけてきた件、どうやら、総務部に移るらしいよ」
 恭子は、そのクレームのことをよく知らず、しかも、大事そうな内容だ。
「えっ、どういうことなの?聞かせてよ」
「そうね、ちょっと向こうさんのリクエスト内容が無茶苦茶なのよ。うちの部長は、ただの嫌がらせかなと思っているみたい」
「それで法務担当の総務部扱いに、ってことなのかぁ。ちょっと被害者気分だね」
「午後イチで社長指示がでるみたいね」
「それにしてもいきなりだけど、しょうがないわね」
「営業部としては申し訳ない限りです。お得意様だから、むげにもできないし。総務部長の、お手並み拝見です」
 片手を顔の前で立てて、小さくお辞儀をする直子。
「自分の上司ながら、彼はちょっとだけ昼行灯だと思いマス」
「アハハハ。そこがいいと私は思ってるけどね。総務部長は育ちがいいからなのかなぁ。いるだけでその場の雰囲気が和むのよ。まあ、うちのボスは年くって経験があるだけ、社長の信頼が厚い感じだから、その分はアドバンテージかな」
「総務部長は、社長の息子さんだから余計に厳しく扱われているような気がするわ。ある意味ちょっとかわいそうなのよ」
 恭子は、本音なのだが自身の上司を擁護する様なことを言った。
「親子といえばさ、お母さんの相談役、今朝の年始挨拶どうだった?私、用事があって行けなくてさぁ・・・」
 直子は少し残念そうに言った。
「私もお留守番で行けなかったよ。たまにしか見れないけど、威厳があるよね、あの人は見てるだけでも気合いが入るっていうか・・・」と恭子は共感の意を込めた。
「確かにね。でも、あれで非常勤だから、役員報酬はかなり少ないらしいね」
「えー。ちょっとそれはないよねぇ」
「実は社長より発言力があるんじゃないかと思う。ウチの営業部長なんかいつも電話かけてるよ」
「私は、まだ直に会って話したことないよ」恭子は、知ったかぶりをせずに、正直に話した。
「私は1回だけあるよ。営業部長の簡単な、お使いでね。柊邸(ひいらぎてい)まで行ってきた。ちょっと、雑な表現だけど、スゴイ人だと思ったよ。とにかくペースが速いのなんのって」
「そうなんだ」
「ところで話題は変えるけど、休暇はどうだった?私は里見と箱根温泉で2泊3日〜🎵」
 里見とは、社外にいる直子の彼氏のことである。 
「まあ色っぽい話。いいなぁ。私は、いつものとおり宮城の実家よ」
「おばあちゃんちだっけ?」
「そうよ」
「いいなぁ、なんて言ってたけど、あんたはほんとに仕事一途でそれ以外は味気ないわよね。仕事ばっかじゃなくて、もっと別の方にガツガツ行かないと」
「しょうがないでしょ。総務部には、男性そのものが少ないのよ」話が面倒になってきたので、恭子は逃げに転じた。
「紹介しようか。営業部にもそこそこいい男いるよ」直子はすかさず追求の手を緩めない。
「まだ、話したいけど、そろそろ時間がやばいね。お勘定は私が持つよ」
 恭子は話のお礼に、奢るつもりで、切り出した。
「話をかわしたなぁ。もう、そんなんだから・・・。まあいいや。ヤバい時に上手く話題を切り替えられるのも私たちのようなシゴトに必要なスキルか・・・。でも割り勘にしよう」
 直子はそう言い、結局は別々に払うことになり、そこで改めて腕時計を確認した二人はちょっと急いで、柊社に戻ることにしたのだった。
   *
1月4日(水)1530 総務部長室前
 気づかないふりをして完全にスルーしていたが、さっきから何やら総務部長の様子がおかしかった。やたらに、恭子の方をチラチラみているのだ。
 そうこうしていたら、やっと、おっかなびっくり近づいてきて話し掛けてきた。
「実は相談役のことなんだけどさ・・・」
「相談役がどうかされましたか?」恭子は、何かが降ってきそうな嫌な予感はしつつも、相手が話しやすいようニコリと笑みを浮かべ返事をした。コレも仕事だ。
「うん、常盤ラボの件で、相談役に意見を伺うつもりなんだ」
「営業部長がそうしたほうがいいよと言ってきてね。ウチに振ったとたん、これだよー」
 優典の様子は明らかに困っている風で、しかも話がまわりくどい。
「言いにくそうなのは、相談役が、部長のお母様だからなのですか?」
「まあ、そう言うことになるかな」
「それで?」
 恭子は、さらに強く嫌な予感がした。
「それで、君にね、相談役との面談に行ってもらいたいんだけど」
「それは私には、荷がかちすぎです。しかも、相談役に一対一で面談する秘書なんて聞いたことがありません」
 本当にあり得ない。
「ただの秘書じゃない。30万人に一人と言われる能力者なんだろう」
「それは、このことを秘密にするという私との約束に関わります」
 いつの間にか、二人の会話はまわりには絶対に聞こえないよう小声になっている。
「注目されて、いろいろな噂も立つじゃないですか。それに今回、私の能力が、いったい何の役に立つと言うんですか?」
「それでもだよ。なぜなら母も、能力者なんだ」
「え、・・・」
 まったく、知らなかった。
 当然、相談役の顔は覚えていたが、式典などに出席されているのをかなり遠くから、拝見していただけで、近くに寄ってはいなかったから、能力者だとはまったく気づかなかった。
 あの相談役が能力者だなんて、それこそ30万分の一の確率だ。同じ会社にいるなんて信じられない。
「・・・知りませんでした」
 思わず、言葉の正しい使い方も、忘れていた。正しくは「存じませんでした」である。
「無理もないよ。社内ではこのことを知っているのは、父と私の他は、修二さんだけだし、母は隠すことに慣れているからね」
 そうだったのか。
 ちょっと慌ててしまっていたのかもしれない。ここは、いつもの冷静な自分に戻ることに努めよう。
「それでは、社外でご存じだった方は、おられるのですか」
「どうだったかな」
「ちゃんと思い出してください。秘密を守るのは、あなたの秘書である私の職務の範疇です」
「いないはずだよ。政府関係者なら別にいるんだろうけれど・・・」
 いるんじゃないのよ!
 恭子は胸の中でねじ込んだ。
 もしかしたら国家レベルであれば、何かしらのデータを元に調べられているかもしれないとは、前から思っていた。
 そうでないと、能力者の統計データなんて公開できないはずなのだ。
 その政府関係者って、具体的には、どこの省庁のどんな人なの?やっぱり主管官庁の厚労省?知っているのなら教えて、と聞きたいのは、やまやまだったが、おもいっきり私的な欲求だったので、なんとか我慢した。
「それで。面会ではなにをお聞きすればいいのですか?」
「今回の件の解決の手がかりというか、具体的な指示をくれるはずなので聞いてきてほしい。実のところ、君を指名したのは相談役なんだ」
「・・・」
 不覚にも、ちょっと言葉を見失ってしまった。そして、「なぜ?」と聞きそうになって言葉を飲み込んだ。
 相談役は、状況を俯瞰すると、当然恭子が「能力者」であることを知っていたからこそ、指名したに違いない。もしかしたら、部長が喋ったのかもしれない。ということはバラされた・・・?。
 上司を疑いたくはない。けど、他には考えられない。見たくなかったけど、見つけてしまった部長のしっぽ。踏んでもしょうがないけれどやっぱり・・・。
「部長。相談役に私が能力者だと、話しましたね・・・」恭子は怒りと切なさを抑えながら上目遣いのまま言った。
「えっ。いや、そのう・・・」
 部長は明らかに言い淀んだ。
 この感じは、もう間違いない。
 ここは、女の見せどころだ。あとは、気を取り直して前を向いて仕切り直しするしない。
「部長、いいですか。今後一切、私が能力者であることは、絶対に誰にも話さないと、もう一度、今ここで約束してください。相談役には、直接会って私から同じように、お願いいたします」
「もちろん約束する。と言うことは行ってくれるのか?ありがとう、恩にきるよ」
 聞くべきことは、他にもあるはず。そう、他にもあるはずなのだが、一つだけどうしても言いたいことが頭から離れず、つい、考えなしにそれを願い出てしまった。
「当然ですが、今回の面談のことも、くれぐれも噂にならないよう配慮してください」


     つづく 第五話 https://note.com/sozila001/n/n9b9828b8bc8a

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